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一人の男が彼女へ近づこうとした。
「あっ、失礼」
私がすかさず間に割って入る。
「おっと。大丈夫ですか?」
「ええ……少し飲みすぎたみたいで……」
「それはいけない。誰か呼びましょうか?」
「いえ、少し休めば平気です」
「では座れるところまでお手をお貸しましょう。さあ」
いっちょあがり。
また別の男が彼女へと近づく。今度は先生の番だ。
「あっ、失礼」
「これはこれは小さなお姫様。どなたかの娘さんかな?」
「違う。ボクは参加者だ」
「じゃあ招待状をもっているかな?」
「当前だ。まったく失礼な……あれ?」
先生はぺったんこな胸のあたりを探しているが見つかるはずもない。
だって、先生の招待状は私が持たされているのだから。
「待ってくれ! 違うんだ、連れが持ってるんだよ!」
「ここは遊び場じゃないから入っちゃだめだよ。私が外まで一緒に連れて行ってあげよう」
「や、やめろ離せ! ボクを誰だと……!」
「よしよし、いい子だから暴れちゃだめだよ」
「手をつなぐな!」
そうして先生は扉の向こうへ連れ去られてしまった。
目立つなと自分が言ったくせにちょっとした騒ぎになっている。
「あのちんちくりんめ……」
仕方なく私一人で作戦を継続することに。
「あっ、すみません」
「あっ、すみません」
「あっ、すみません」
……
こ、これは無理がある!
先生は全然戻ってこないし。
何やっているんだと扉の方を恨めしく睨んでいたところに後ろから「ちょっとあなた」と声をかけられた。
振り返ると、フローラ伯爵令嬢が立っていた。やば。
「さっきから一体どういうつもり?」
「どういうつもり、とは」
「とぼけないで。私の邪魔ばかりしてるじゃない!」
やっぱりバレてた。
「ちょっとこっちに来なさい」
と、私は会場の外に連れ出されてしまった。
人目に付かない会場の外。仁王立ちの彼女の前で小さくなる私。
「どうして私に近寄る男ばかりにちょっかいをかけているの? 嫌がらせがしたいの?」
「いえ違います」
「じゃあ二度とあたしのそばに寄らないで。邪魔よ」
「で、でも! あの、フローラ様はご婚約なさってるんですよね?」
「それがなに? 親同士が勝手に決めたことよ。私には関係ないわ」
「そうおっしゃられましても……国際問題になりかねないと申しますか」
「あなたに私の何がわかるのよ。生まれたときから結婚相手も何もかも決められて。こんなつまらない人生なのに少しくらい好きなことをしたからって何が悪いって言うの?」
浮気は浮気ですから、なんて言ったらひっぱたかれるだろうか。
「それに向こうだって好き勝手やってるんだから……」
彼女の表情が曇った。
「……ご存知だったんですね」
「あなたこそ、なにか知っているみたいね」
それから一時間ほど経って。
「それでね、私言ってやったのよ、この早漏野郎って!」
「あっはははは!」
フローラ様は迫真の演技付きで私に過去の男の話を聞かせくれていた。
「ほんっと貴族の男なんてろくなのがいないわ。かっこばっかりつけて、家柄の自慢話ばっかりして、中身は空っぽ。それに比べて街の男はいいわよ。優しいしあっちの方もバッチリよ。まず体力が違うわね!」
「も、もう、笑いすぎて、おなかいたいです!」
「あーあ。いっぱい話してなんだかすっきりしちゃったわ。今日は男はもういいかな」
「私もです」
二人で目を合わせて笑いあった。
「私にはこうやってお話できる友達が必要だったのかもしれないわ……。伯爵令嬢なんて言われても家ではいつも一人。起きてから寝るまでずっと誰かに監視されて。愚痴を言い合う相手も恋の相談をする相手もいなかったわ」
どこか寂しそうに話す彼女からは先程の会場では感じられなかった年相応の少女の顔がのぞいていた。
「その私の話を聞いてくれたのが男たちだったってわけ。最初はね、ただ話を聞いてくれるだけで嬉しかったの。カラダはついで。でもいつのまにか……」
「フローラ様……」
私が何も言えないでいると彼女はぱっと明るい表情で
「あなた名前は?」
「リコです。リコ・ハートリング」
「私はフローレンシア。フローラでいいわ。私、あなたのことがとても気に入ったわ。私はもうすぐ他国へ嫁いでしまうけどそれまでは仲良くしましょう! 今度はあなたの話も聞かせて」
「はい、フローラ様」
「フローラでいいわよ、リコ」
それからフローラは浮気をすることはなくなった。
私は彼女と手紙をやり取りしたり、たまにこっそり街で合ったりする仲になったのだった。
そして結婚式当日――
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