4.二人だけの世界

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「食料だっていつかは底を尽きるだろうし、ここでずっとは暮らしてはいけないと思う」 「……でも、何か方法はあるよ。ホームセンターとか探して種持ってきてさ、自給自足みたいなやつとか」 「素人の私達ふたりきりで畑なんて満足に出来ると思う?」 「調べれば……調べれば、何とかなるよ」  慌ててポケットからスマホを取り出そうとする私のもう片方の手を絵梨が抑え込む。 「どっちかが先に死んだりしたら、どうするの」 「……」 「私、きっと耐えられないと思う」  絵梨は顔をくしゃっと歪めて苦しそうに笑った。 「それしか道はないんだよ」  私の手を引いて、絵梨は屋上のふちへと歩いて行く。  確かに、絵梨の言う通りかもしれない。 片方が消えたら、本当にひとりぼっちになってしまう。  でも、自分の痛みをこんな風に分かってくれる人が、この世にたったひとりでもいたんだと知ってしまった。  だからこそ、  ぶわっと向かい風が吹いて、被っていた帽子が元来たドアの方へと風で運ばれていった。  屋上のふち、ぎりぎりのところまで進んで身体を傾けようとした絵梨の腕を  気付けば私は渾身の力で引っ張って、ふたり折り重なるように屋上のコンクリートの地面に倒れ込んだ。 「どうして、何で邪魔したの」  体を起こしながら絵梨がそう尋ねた。 私は下唇を噛んで押し黙っていたけど、意を決して顔を上げた。 「私は、絵梨に死んでほしくない」  暗い目をしている絵梨の両腕を掴んで、私は語りかけるように話し続けた。 「勝手なこと言ってるって自分でも分かってる」 「……」 「でも、死なないでほしい。今を生きているあなたがもしいたら、会って聞いてみたい」  絵梨の瞳にさっと光が戻って、頬を伝う涙が私の腕にぱたぱたと落ちる。 「"大人になっても、人生は苦しい?"って」  絵梨は縋り付くように私の体を掻き抱いた。  生きている、まだ生きている。  腕の中のぬくもりを感じながら、私は心の中でそう何度も呟いた。
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