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第1話
午後になって痴漢と置き引きと合法ドラッグ店強盗の書類計十三枚をFAX形式の捜査戦術コンに流し、残りは始末書一枚になって機器が突然ストライキを起こした。
「あれ、何だこれ? 弾き返しやがるぞ」
既に定時を過ぎている。これさえ終われば今日は上がりと決めていたシドは、強引に紙を食わせようとしたが、やはり受け付けない。
「また一週間分のテンプレ作ってて、コンにバレたんじゃない?」
傍から相棒のハイファが口を出す。
「それはこの前、課長にバレてシュレッダーにかけただろ」
「それともずっと前みたいにスペースオペラ並みの仕上がりになったとか」
「真面目かつ普通に書いたって。うわ、マジでこれ壊れたぞ」
「何だろ、システムトラブルかな?」
「課長、コンが俺の力作を吐きやがるんですけど!」
「ちょっと待ちたまえ、今調べる」
多機能デスクに就いたヴィンティス課長は法務局への回線を開き始める。同時に各署を繋ぐドラグネットの監視システムを立ち上げた。
ここは太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署刑事部機動捜査課の刑事部屋である。機動捜査課は殺しや強盗などの凶悪犯罪の初動捜査を担当する課だ。
だがAD世紀から三千年という宇宙時代の母なる地球本星、それもセントラルエリアともなれば、そんな事件は殆ど起こらない。義務と権利のバランスが取れ、そこそこの満足を皆が享受する現代では誰もが醒めている。
故に課員は他課の下請けに回されるほどヒマなのだが、シドとハイファに限っては違った。事件と書類に日々追われている。
テラ連邦軍中央情報局第二部別室から数ヶ月前に出向してきたハイファことハイファス=ファサルートはまだいい、問題はシド、若宮志度だ。
その二つ名をイヴェントストライカという。
「シドのありえない事件遭遇率に、コンがひきつけ起こしたんじゃない?」
「俺は何にもしてねぇだろ」
「道を歩けば、ううん、表に立ってるだけで何かにストライクする貴方が?『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草が良く育つ~♪』っと」
「またそれを歌うとはミンチにされたいらしいな」
「わあ、やめて! そんな大砲のマックスパワーはミンチ以下になるっ!」
巨大レールガンを真顔で腰から引き抜いたシドと反射的に左脇に吊った火薬カートリッジ式旧式銃を抜き出したハイファは銃口を首筋にねじ込み合った。
その騒動をヴィンティス課長は青い瞳に哀しげな色を湛えて見て深い溜息をつく。
「危険なオモチャで遊ぶのは止したまえ。……三分署と四分署でも同様のトラブル報告があるな。ああ、今法務局から通達が入った。『中枢コンに何らかの干渉が認められたため、一時的に入力を差し止める』だそうだ」
素早く対衝撃ジャケットの裾を払いレールガンを収めたシドが『書類、急いで書いて損した』と言わんばかりの気の抜けた声を出す。
「へえ、珍しい。クラッキングですかね?」
「分からんが、仕方ない。回復するまで暫く待ちたまえ」
こちらも懐に銃を仕舞ったハイファは薄い肩を竦めた。
「諦めて明日にするしかないんじゃない? 買い物が遅くなっちゃう」
どうやら思考は既に夕食のメニューにシフトしているらしい。
シドとハイファのバディシステムはプライヴェート領域にまで及ぶ。数ヶ月前に機捜課にやってきて以来、ハイファはシドの公私に渡る女房役を自認しているのだ。
「――と、何だこれは?」
見開かれたブルーアイ、ヴィンティス課長が見ているものを見ようと、シドとハイファは多機能デスクを回り込んだ。立ち上げられたホロスクリーンには文字列が表示され明滅している。
【I am Tenderness. Could you sing the Daisy-Daisy?】
まるで意味の分からない文字列はまるで叫ぶように幾度も瞬いていた。
「ウイルス感染か?」
「法務局の中枢コンピュータが風邪引いちゃったら、ちょっと大ごとだね」
「うーむ。何れにせよ暫く様子を見るしかないだろう」
あっさり回線を閉じたヴィンティス課長は再び手を後ろで組んで窓外を眺め出した。課長も今日はこれ以上のアクションを起こす気はなさそうである。
「だってサ」
「仕方ねぇな、明日に回すか。帰ろうぜ」
そう言った途端、シドの左手首に嵌ったリモータに発振が入った。
「げっ、警務課だ。制服取りに来いってよ」
「僕も行く」
「いや、独りでいい。腐女子の巣窟に雁首揃えるのはご免だ」
普通なら二組持っている筈の制服だが、随分前に撃たれて一組を駄目にし、そのスペアの申請をハイファが代理でしてくれていたのだ。
「まあそう言わずに。一度興味を満たしてやればいいんだよ」
「ふん、勝手にしろ」
デカ部屋内を横切りエレベーターに乗る。警務課は十二階、密閉された箱の中でシドはハイファを眺めた。
身長こそ低くはないが華奢にも見える細く薄い躰はドレスシャツとソフトスーツに包まれていた。タイは締めていない。シャギーを入れた明るい金髪は後ろ髪が長く、うなじで縛ってしっぽにしている。瞳は優しげな若草色だ。
だが女性と見紛うような容姿とは裏腹にハイファは現役軍人でもあった。
軍籍を置くテラ連邦軍中央情報局第二部別室はテラ連邦議会を裏から支える超法規的スパイ組織で『巨大テラ連邦の利のために』を合い言葉に非合法活動にも従事し、過去においては内部粛正をも一切ためらわなかったという、厳しくも社会的評価が決して表に出ない影の存在であった。
その別室の戦術コンが『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なるものを説いたためハイファは惑星警察に出向となった……というのは表向きの理由である。
実際には出会って以来七年間ものシドへの片想いが数ヶ月前に成就した途端にそれまでのノンバイナリー寄りのメンタルとバイセクシュアルである身、それにミテクレを利用して敵をタラしては情報を盗るというエグい手口が使えなくなったというのが真相だ。
平たく云えばシドとしか行為に及べぬ躰になってしまったのだという。
ハイファの二重職籍はバディのシドと課長しか知らない軍機、軍事機密だった。
「何、そんなに見て」
「いや、警務課の連中が喜びそうなキャラだよなって思っただけだ」
警務課は女性制服組の園、元々ストレート性癖で女性に不自由したことのなかったシドは勿論女性が嫌いではないが、うっかりハイファに堕ちたそのときから腐女子と名高い彼女たちの話題の格好の餌食にされて苦手意識が芽生え成長し花盛りなのだ。
案の定、オートドアが開いた一瞬後、黄色い声が上がった。
これだから嫌だったんだ、珍獣でも見るような目つきで見やがってと、うんざりしかけたとき、シドは自分の左腕に右腕を絡めてにこにこしているハイファに気が付いた。
憤然として振り解く。
途端にわざとらしくハイファは若草色の瞳をウルウルさせた。いかにもな泣き言を垂れられる前に封殺する。
「阿呆、演技までするな。やりすぎだ」
「いいじゃない、説明要らずで」
「説明責任なんかねぇだろ」
「まあまあ。ほら、有名人もときには便利、もう出してくれてるよ」
引きずられるように物品授受のカウンターに連れて行かれたシドは黙って受け取りのサインをした。その間、何の断りもなく手首に嵌めたリモータアプリでツーショットを撮られる。
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