第13話

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第13話

 昼食はフォーマルランチだった。  博士はブラックスーツ、シドとハイファは制服に着替えてメインダイニングの席に着いた。見渡すと出港時と同じく普段メインサロンで食事をするスイートやロイヤルスイートの乗客も勢揃いしている。  どうやら食事の直後に寄港するデメテルで歓迎セレモニーがあるらしく、それに合わせてのドレスコードらしい。  和やかにランチの時間を過ごし、食後の茶が振る舞われた直後、舞台に立ったスタッフのアナウンスが入った。 「只今より当ペルセフォネ号は惑星デメテルの周回軌道に乗り下降、第一宙港のある都市アレイオンへ寄港致します。それまで艦外の景色をお楽しみ下さい」  メインダイニングが暗くなって一瞬ののちに天井や壁に大きくホロ映像が映し出された。G制御により迫り来る惑星デメテルは天井側だ。こうして見てもやはり漆黒の宇宙に浮かぶのはくすんだ球である。海は殆どないらしく全体的に黄色っぽい。  しかしどんどん近づき大気圏突入前にこの惑星の第一宇宙速度である秒速約八キロメートルで周回したときには黄色っぽい地帯だけでなく、木々のものであろう緑や土の茶色などが判別できるようになっていた。  そうしてペルセフォネ号はゆっくりと、その巨体を地上に擦るのではないかと思わせるほどに惑星デメテルへと降下し、地上の景色をダイレクトにホロに映す。  もうくすんだ球に見せた黄色い物体の正体は知れた。それは広い広い大地に波打つ小麦畑だった。眺める人々に再びアナウンスが語り始める。 「このクロノス星系第三惑星デメテルは約二十世紀前、第二惑星レアと共にテラフォーミングされましたが、たった四十年ほど前までは砂漠の星でした。入植した人々は貧困にあえぎ、砂礫の大地を呪わんばかりの生活を余儀なくされていました。けれどそれを救ったのがこの黄金色に輝く麦でした――」  テラ本星から運ばれた僅かな種は死の砂漠に根を張り保水し、瞬く間に増えた。数年と経たずに他星に輸出できるまでに収穫を得て、どんどん土壌そのものを変えていった。  今では麦だけでなく様々な野菜や果樹が育つまでになり、何億もの人々が豊饒の大地で何不自由なく暮らせるまでになったのだという。 「これがその、この星の宝である小麦です」  壇上のスタッフは花束のように小麦の束を抱えた。小麦の黄金色の茎には樹が茂らせた葉のような緑色のリボンが結ばれている。そのままスタッフは壇を下りて近づいてきた。ふいにスタッフが足を止めたのはシドたちのテーブルの傍だった。 「このデメテル他、多数の惑星を救ったハイブリッド小麦の発明者がここにいらっしゃるオイゲン=ワトソン博士です。博士、これをどうぞ」  差し出された小麦の束を見つめたまま呆然としたように博士は呟く。 「……T3A6」 「いいえ、『トリーティクム・オイゲンティウム』ですよ」  思わず立ち上がったオイゲン=ワトソン博士は差し出された黄金色の束を受け取った。周囲から湧いた拍手はやがてメインダイニング全体を覆い尽くし席捲した。  博士の名のついた小麦のホロがフロアいっぱいに広がっている。  次々と握手を求める人々に取り囲まれ麦の束を握り締めたまま、やがて博士は自分が目頭を熱くしているのに気付いた。そっとハイファが博士の片手にハンカチを握らせる。  だが熱い雫はいつまでも麦の束に零れては吸い込まれた。  惑星デメテルの第一宙港に着艦したペルセフォネ号から降りて通関を経ると、歓迎セレモニーもそこそこに、博士はシドとハイファと共に無人コイルタクシーに乗り込み、真っ直ぐ黄金色の大地を目指した。  都市を三十分ほどで抜けると、そこはもう大穀倉地帯だった。タクシーを接地させ待たせたまま、三人は降りて大地の香りを胸一杯に吸い込んだ。  ここはちょっとした丘陵地、刈り取られた畑の土の茶色と野菜畑の緑、通年育成可能な博士の小麦畑が、まるで素朴なパッチワークのように蒼穹の下に広がっている。  実って頭を垂れている小麦畑を目指して博士はあぜ道に歩を進めた。 「これまでどんなに研究成果を上げても、次から次へと課題が与えられ、その結果をこうして目にする機会は殆どなかった。何というか、不思議な気分だよ」  小麦畑に辿り着くと博士は服に麦わらがつくのにも構わず、黄金色の海に踏み入った。実りの一粒を手にすると眺め、指先で潰して匂いを嗅ぐ。 「博士、こっちだ」  シドの声に振り向いたところをハイファがリモータアプリでポラに撮る。 「今更、ポラではないだろう身だが」 「何でだよ、今のは絶好のシャッターチャンス、俺たちはこれ、大事にするぜ?」 「……大事に、か」  くるりと背を向けた博士にシドとハイファは暫し声を掛けるのは遠慮した。  ようやく黄金色の海から泳ぎ帰った博士と再びコイルタクシーに乗って宙港のペルセフォネ号に戻った。戻った博士は名誉シェリフのシドたちと同じく有名人、部屋に帰り着くまでに艦内で幾人もに挨拶され握手を求められる。  スイートの乗客からサロンに招待もされ、にわかに忙しい身となった。  クロノス星系第二惑星レアでも下艦時に同行を乞う人間も現れ、そうしたイヴェントをこなす博士の灰色の目には力が戻ったようでもあり、いつしかシドとハイファは任務を差し置いて心から喜んでいた。  その矢先だった。  古城のある街並みが綺麗だという噂のマイザー星系第三惑星ルシアへのワープを前にして、またしても博士が倒れたのは。
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