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第2話
機捜課でもハイファが着任した当初は、シドが『男の〝彼女〟を連れてきた』と大層な話題になり、それまで硬派で通ってきたシドは非常に難儀な思いをした。
だが殆ど男所帯でヒマな中学生並み思考の古巣ではひとつの話題で何ヶ月も保つ訳がなく、最近ではこんな恥ずかしい思いをすることもなかったのだ。
そこまで知られた公認の仲なのにシドは未だにハイファとのことを公に認めようとしない照れ屋で意地っ張りなのである。そんな男に陥穽は何処にでも転がっている。
「あのう――」
制服を出した婦警がペンとタブロイド版に引き延ばされた大きなポラを出し、
「お二人のサイン、こちらにも頂けませんか?」
それは何処で撮られたのか手を繋いで歩くシドとハイファだった。撃ち壊してしまいたい思いでシドは黙ってペンを取る。ハイファも微笑んで署名した。
「有難うございます!」
結構美人の婦警が素直に礼を述べ、満面の笑みを浮かべる。それを目にしたシドは眩暈のような恥ずかしさをポーカーフェイスに押し隠して溜息をついた。
あとでこのポラが警務課のみに留まらず、女性署員の間で大量流通することなど思いも寄らないシドは、羞恥心と制服を抱えて心して普段のポーカーフェイスを保ちエレベーターに乗った。
「心の中はどうあれ鉄面皮は崩さないんだね」
「顔が鉄で悪かったな。こう見えてフェミニストなんでな」
「だから心配なんだよね」
「それで見張りについてきやがったのか?」
「可愛い婦警サンの笑顔に懐柔されちゃったクセに」
「ふん。こいつをロッカーに放り込んだら帰るぞ」
「アイ・サー」
ロッカールームまでついてきたハイファに、ふと思い出してシドは訊いた。
「なあ、さっきのウイルスの『テンダネス』って何のことだろうな?」
「柔らかさ、優しさ。敏感ってところから医学分野ではちょっと触っても痛いことを表したりするけど」
「ふうん。でもあの場合はたぶん固有名詞だろ?」
「まあ、そうだよね。けどそうなるともう範囲が広すぎて分からないよ。それにしたって『デイジーデイジーの歌』かあ、意味深だなあ」
その意味が分かるのかとシドはハイファの若草色の目に首を傾げて見せる。
「うーん、AD世紀に初めてコンピュータに歌わせた歌が『デイジー・ベル』っていうんだけどね。その歌詞に『デイジーデイジー』ってフレーズが入ってる」
「へえ。じゃあその歌のことかもな」
適当に返事をするとハイファが少々不満そうに唇を尖らせてから講義を始めた。
「単純すぎない? 元ネタはそれだけどAD世紀の有名な映画の『二〇〇一年宇宙の旅』に出てくるスーパーコンピュータHALが解体される時に自ら歌ったとされてるし、それ以降はコンピュータにとって『デイジーデイジーの歌』っていう概念もできた。壊れそうなコンピュータの子守歌だったり、コンピュータの末路を象徴的に表したりするんだよ」
「相変わらず妙なことばっかご存じで。けどそれならあのメッセージは淋しげだな」
「そうだね。……さあ、帰ろ。またイヴェントにストライクする前にサ」
「お前ソレを言うか? また何かにぶち当たりそうな気がしてくるから止めろよな」
シドがハイファを睨んだ途端ハイファ、次にシドのリモータが振動し始めた。
「げっ、この発振パターンはっ!」
「うーわー、別室……」
左手首に嵌った機器を操作し取り敢えず発振を止めて二人は顔を見合わせる。
「お前がンなこと言うから!」
「じゃあ僕独りで行けって?」
「そこまでは言ってねぇだろ」
これまでにもシドは何度も別室命令を受け取り、そして遂行してきた。だが軍人でもないシドは別室に何の借りも義理もない。黙って蹴飛ばせば終わりである。しかも振られる任務は過酷で危険なものばかりだ。
しかしそれで却ってハイファ独りを送り出すことなどできず、いつも一緒に挑むハメになるのだった。惚れた弱みというヤツだ。一生どんなものでも一緒に見てゆくと誓ったのである。
「なら指令、見ようよ。ゴネるのは勝手だけど結局毎回見ることになるんだから」
ハイファがシャンパンゴールドのリモータを操作するのを暫し眺めて諦め、シドは重い溜息をついた。これも別室から送りつけられ陥れられ装着させられたガンメタリックのリモータを眺める。惑星警察の官品に限りなく似せてはあるが別物だ。
これは別室・惑星警察をデュアルシステムにした別室カスタムメイドリモータで、スパイ用便利グッズだが殆ど財布か通常のメーラーかプラモのカタログくらいにしかして使用していないそれを操作した。
小さな画面の文字を読み取る。
【中央情報局発:ペルセフォネ号に乗艦する科学者オイゲン=ワトソン博士の護衛に従事し、ワトソン博士の隠し持つ特殊戦略コンピュータSSCⅡテンダネスのパッチプログラムソースコードを入手せよ。選出任務対応者、第二部別室より一名・ハイファス=ファサルート二等陸尉。太陽系広域惑星警察より一名・若宮志度巡査部長】
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