第4話

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第4話

 一番かさばる制服は着てしまったので、鞄ひとつずつがそれぞれの荷物だった。  シドは広域惑星警察の上下真っ黒な制服、タイはブルーグレイだ。ポケットの上、左胸には何百倍もの始末書と引き替えにした総監賞略綬がずらりとプレートに嵌って輝いている。略綬群の上には特級射撃手徽章だ。  スタンダードなスーツタイプでサイドベンツの制服は、右腰に着けたヒップホルスタから銃も抜きやすい。三桁もの連射が可能な愛銃の巨大レールガンは昨日のうちに署で針状通電弾体・フレシェット弾を満タンに装填してある。  相変わらず銃身(バレル)をにょっきり突き出させていて、専用ホルスタに付属したバンドでスラックスの大腿部に留めていた。  一方、こちらも自室をロックしてきたハイファはテラ連邦陸軍の制服、濃いベージュのワイシャツに濃緑色の上下だ。上衣の丈が長めでウェストを共布のベルトで絞るタイプ、細い体型がより強調されるデザインである。焦げ茶色のタイは中央情報局員の証しだ。  今は見えないがワイシャツには黒革のショルダーバンドを着け、左脇のショルダーホルスタには薬室(チャンバ)込みで十八発フルロードの大型セミ・オートマチック・ピストル、名銃テミスM89のコピーが吊ってある筈だった。  ウェストベルトには二本のマガジンパウチも着けている。十七発二本と本体を合わせて五十二発、ハイファのことだから鞄にも多少の予備弾を入れているだろう。  リモータを見ると十四時だった。 「早いが、出られるか?」 「うん。表向きの任務は護衛だし、オイゲン博士より早く行って捕まえないと」 「第一宙港なら勝手も分かってる、ヒマ潰しもできるしな」  靴を履き、玄関先でそっと抱き合ってソフトキスをする。離れると制帽を被り、ドアから出てリモータでロックした。  定期BEL(ベル)停機場はこの官舎屋上にある。上がってみると既に風よけドームが開きBELは停機していた。AD世紀のデルタ翼機の翼を小さくしたような垂直離着陸機BELのチケットは別室からリモータに流されている。  チェックパネルにリモータを翳し、タラップドアを上って後部貨物室に荷物を入れると並んだシートに収まった。  一時間半をかけて宙港メインビルの屋上にBELはランディングした。この宙港から土星の衛星タイタンのハブ宙港まではシャトル便が毎時間出ている。  太陽系の出入り口ともいえるタイタンのハブ宙港は、第一から第七までの宙港があり、ここを通らなければ太陽系の内外の何処にも行けないシステムになっていた。  テラ連邦のお膝元、母なるテラ本星の最後の砦のようなものだ。  シャトル便のシートで二人は配られたワープ宿酔止めの白い錠剤を飲み下した。  出航して二十分、ふっと体が砂の如く四散してゆくような不思議な感覚を味わう。ショートワープだ。ここから更に二十分の通常航行でタイタンである。  幸い宙艦ジャックもされず、スペースデブリにもぶつからず、無事にタイタン第一宙港にシャトル便は接地し、宙港メインビルの二階に直接エアロックを接続した。  宙港メインビルでリモータを見ると十七時前だった。移動や待ち時間で案外時間を食ったのだ。それでも待ち合わせの時間まで、まだ二時間近くある。 「早すぎたか?」 「さあね。多才で全ての分野において天才とまで言われたオイゲン=ワトソン博士はテラ連邦でも重要人物だった。今は一線を退いたけどね。ここまでの護衛は当然いるだろうし、引き継ぎもあるから早めに待ち合わせ場所に行ってる方がいいと思う」 「ペルセフォネ号に乗艦して顔合わせじゃなかったんだな」 「あーた、ちゃんと資料読んでないんでしょ」 「すまん。で、場所は何処だって?」 「一階のDスペースにあるシルバーベルだよ」 「何だ、あの喫茶店か。ふうん。……なあ、どれがペルセフォネ号だ?」  二階の透明な壁越しにシドは豪華旅客艦を探した。タイタンの自転周期は約十六日、土星の影に入ることもあるので一概に云えないが、夜が約八日、昼が約八日続く。とはいえ太陽から遠いので昼でも薄暗いが、今は夜のフェイズでなお暗い。 「おっ、あれじゃねぇか?」 「たぶんそうだね。普通の艦はあそこまで外殻面を透明な素材にはしないから」  広い広い宙港面に数え切れないほど停泊している艦の中でも、巨大で光の粒を全身にまとったような、そして今どき見慣れない優美な形をした艦に二人は見入った。 「クイーンエリザベス2世号みたいだな。船底が平らだが」 「クイーン……何そのリジーさんって?」 「AD世紀の豪華客船。〝幻のプラモシリーズ〟で作ったことがあるんだ」 「へえ、そういうのを巣でこさえてるんだね」 「俺のコレクション、見せてなかったっけか?」 「何処にあるのか知らないけど、シドの巣はいつもゴミ溜めの汚部屋なんだもん」  シドの巣とは署の地下留置場の一室にこさえた休憩所兼仮眠所である。ハイファが出向してくるまで、自主的夜勤をしたときなどはそこで眠っていたのだ。  今ではハイファがいるのでそこで寝ることも殆どなくなったが、ほぼ二十四時間行動を共にしているのに、ちょっと目を離すと何故かゴミが層を成す汚部屋になっていて、ハイファがキリキリと怒りながら掃除をするというナゾの部屋である。 「だから理解を求めたいんだって。部品、最後の一個がないと泣けるぜ?」 「ちゃんとそういう部品は部品で分かるように整頓されてれば、僕だってゴミ扱いはしませんよーだ」  二人は階段で一階に降り、ライトパネルも明るい広大なロビーフロアを、Dスペースに向かって歩き出した。  どうせヒマを潰すのなら待ち合わせ場所にいた方がいい。
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