第2話

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第2話

「何も貴方まで戦争しにこなくても良かったのにサ」  大型軍用BEL内部の両サイドにしつらえられた、座り心地の悪い布張りベンチシートから窓外を眺めつつハイファは小さく呟いた。白い指先はシャギーを入れてうなじで縛った明るい金髪のしっぽを肩口で弄んでいる。  若草色の瞳に映るのは遙か彼方の海岸線、広い広い海だ。見る分には碧く綺麗だが、この惑星の八割を占めるそれは強い塩基の海で触れることはできない。  そしてBELの下は黒々とした森、ジャングルだった。 「いつでも何処でも、何処までも俺たちは相棒(バディ)だ。そう約束しただろ」  同じく窓外に切れ長の黒い目を向けたまま、シドはハイファに小声で応える。  乗っているのは二人だけではない。ベンチシートは満員だった。その誰もがレーザーを弾くシールドファイバ製の上下に身を包み、ごついブーツを履いていた。  色はどれもオリーブドラブ、地球(テラ)連邦陸軍の制式戦闘服だ。皆が小銃と呼ばれるレーザーライフルを携えている。  どれも新品同様に手入れされているか、本当に新品といった具合だ。新兵の補充だから当然と言える。  そんな中でシドとハイファは少々目立った。  シドは一人、私物のチャコールグレイのジャケットを羽織り、更には右腰にレールガンを下げていたからだ。ハイファはハイファで、この光学兵器全盛の時代にショルダーホルスタで左脇に吊っているのは火薬(パウダー)カートリッジ式の旧式銃である。  加えてハイファの足元には迷彩柄の布を巻いたハードケースが置かれていた。中身は狙撃用ライフルでノーザナショナル社製ミリアットM820エレガⅢSP、時価五百万クレジットの最高級品だ。 「それともそいつを撃つのに初心者の俺がスポッタじゃ不満なのかよ?」 「不満な訳ないでしょ。ただ僕は貴方が室長に直談判までして別室任務に就くなんて思ってもみなかったから。あんなに嫌ってるのに基地の別室長室にまで乗り込んで」 「あの細目野郎があっさり頷いたんだ、いいじゃねぇか」 「いつも別室任務が降ってくると怒って喚くクセに」  命令書が届くと同時に始まる別室と別室長への罵詈雑言は、既にハイファも暗唱できるほど聞いてきたのだ。 「だって俺は軍人じゃねぇもんよ。太陽系広域惑星警察機動捜査課の刑事、巡査部長だぜ? なのに何だって毎度毎度お前とセットで別室任務に駆り出されるんだ?」 「室長に好かれちゃってるからねえ、あーたは。その特殊なサイキを抜きにしても」 「俺はサイキ持ち、超能力者じゃねぇよ」  本人のシドは否定するが、周囲の者は誰一人としてシドを常人扱いしない。 「充分サイキの範疇だと思うけどね、その、表に立ってるだけで事件・事故が寄ってくる、言い換えれば『何にでもぶち当たる奇跡の力』は。イヴェントストライカなんて仇名まで頂戴しちゃってサ。もう素直に室長の愛を受け取るしかないって」 「何が室長の愛だ、気色悪ぃ。あのユアン=ガードナーのオッサンの愛なんて要るかっつーの。嫌味なことばっか並べ立てやがってお前、俺と一緒が嬉しくねぇのか?」  首を横に振ったハイファは、ふわりと微笑んで見せた。 「言わせなくても分かってるでしょ。でも今回のこの流れってまた室長の思惑に嵌められた感がひしひしとしない? 思考を読まれたんだよ、きっと」 「思考を読まれたって……まさかあの別室長の野郎もサイキ持ちなのか?」 「えっ、知らなかったの? あの人もテレパスだよ。力はそう強くないけど、近くにいる人間の考えくらい簡単に読み取る……って、言ってなかったっけ? ごめーん」 「今更ごめんじゃねぇよ、マジか? ふえーっ!」  驚きで暫し黙ってしまったシドに寄り添ったハイファは再び頬を緩めた。  軍人であるハイファことハイファス=ファサルートは、テラ連邦軍中央情報局第二部別室に所属しながらも普段は惑星警察に出向の身、毎日公私に渡ってシドとバディを組んでいる。  数ヶ月前に完全ストレート性癖でで過去付き合う女性に事欠かなかったシドを陥落させ、七年越しの片想いをようやく実らせたのだ。  それ以来ハイファは刑事としてもプライヴェートでもシドの女房役を務めてきた。七年もの想いの蓄積故か愛しさは募るばかりで、シドと一日たりとも離れたくないのは事実である。  時折舞い込む別室任務も二人一組のバディシステムそのままに挑んできたのだ。  そう、古巣の別室はハードな諜報機関、出向させても放っておいてくれるほど甘くはなかった。未だに任務を振ってくる。  そしてそれは別室員のハイファにだけでなく軍と惑星警察という統括組織の違いも何のそので、シドにまで名指しで降ってくるのであった。  そのたびにシドは別室長への怨嗟の言葉を吐き、罵詈雑言を並べては抵抗し、だが結局は毎回嵌められるようにして渦中に放り込まれてきた。  そして出掛けた先では大概、ドえらい目に遭わされる。  敵から逃げるのにテロリストと銃撃戦などチョロい方で、プライヴェート旅行中に任務は降ってくるわ、潜入した軍機関ではそこのトップにシドが言い寄られ貞操の危機、更には強力なサイキ持ちとガチで()り合うなど、命懸けのアンビリバボーな思い出がいっぱいだ。  そもそも何故に一介の平刑事のシドが別室任務なんぞに駆り出されるのかと云えば理由は先程、ハイファが口にした通りだ。  シドこと若宮(わかみや)志度(しど)。その仇名を『イヴェントストライカ』という。  道を歩けば、いや、表に立っているだけでシドには事件や事故のイヴェントが寄ってくる。確率論を超えて見事に遭遇(ストライク)するという謎で因果な特異体質なのだ。  お蔭でシドの日常は大変にクリティカル、一緒にいてハイファも何度死にそうになったか分からない。  だがそれこそ通常では探り出せ得ないモノを手繰り寄せる、別室が目を付けた奇跡の力なのである。  喩え惑星警察での上司である機捜課のヴィンティス課長が胃痛や貧血を起こすほど事件発生率を上昇させようが、シド本人とバディのハイファは抜群の現実認識能力と危機管理能力で検挙率も上方安定させていた。  だからこそ危険な別室任務にシドを巻き込んで良しと別室長も判断したのだろう。しかし今回の別室任務に限っては、当初ハイファ一人に与えられたものだった。  もう別室任務にうんざりしているのは確かだ。文句も毎回遠慮なく垂れている。  けれど今回の別室任務で自分に声が掛からなかったのは幸いとシドは安堵しなかった。それどころか自ら立候補したのだ、スナイパーに必要不可欠な補佐役の観測手(スポッタ)として。 『一生、何でも一緒に見ていく』という誓いそのままのシドの行動に、ハイファが嬉しがらない訳がない。 「まあ、今回は『当てる』方だもんね。ストライクして拙いことはないから」 「お前ハイファ、嫌な予感がしてくるからそいつを言うなって……うわっ!」  完全G制御の筈のBELが急機動し、シドは危うく舌を噛みそうになる。咄嗟にハイファは左手首に嵌めたリモータを見た。  これは高度文明圏に暮らす者なら必要不可欠な携帯コンでマルチコミュニケータ、だが今は時間を見ただけだ。  予定では目的地の軍事援助後方司令部・通称MACまで、あとたったの三分程度だった。  二度目の揺れはもっと酷かった。慌てて狙撃銃の納まったケースの取っ手を掴んで引き寄せる。急激にBELは高度を失ったらしく一瞬の無重力を味わった。  後方で銃の撃発音にも似た破壊音がし、同時につんのめるようにBELが機速を落として皆、シートベルトを腹に食い込ませた。  誰かが叫ぶ。 「攻撃、RPGだ! 墜ちるぞ!」  二人が見ると後部カーゴドアが開いていた。いや、開くというよりドア自体が吹き飛んでなくなっている。空と共に水平尾翼がぶらぶらと僅かな部品だけで繋がっているのが見え、次にはそれも後方へとちぎれ落ちていった。  下は鬱蒼とした森、あれはどれくらいのクッション性があるのだろうかなどと思いつつシドとハイファは頭を抱え込む対ショック姿勢、この惑星にきて二時間と経たぬウチのBELへのRPG、歩兵用携帯式ロケット砲のストライクにも頭を抱えた。
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