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第10話
送られてきた資料によると、武器弾薬だけではなく様々な物資までもが反政府武装勢力側へと横流しされているらしかった。
備え付けのポットで湯を沸かし、PXと呼ばれる売店で買ってきたチューブ入りのインスタントコーヒーを淹れて飲みながら二人で今後の方針を検討する。
「武器弾薬と物資はちゃんとこのMACから前線指令部までは届いてるみたいだね」
「コンの数字上は、だろ?」
「まあね。納入計画書と納入数は合致してて何処もおかしいところはない。実際に反政府側がこちらの武器その他を使用しているのが多数目撃されたから横流しが発覚したんだよ。それがどの段階で行われているのかがキモだよね」
煙草を咥えオイルライターで火を点けながらシドも多少は考えてみる。
「じゃあ数字合わせの秘訣は何なんだ?」
「うーん。第一にこの軍事支援後方司令部MACはエクル星系政府とテラ連邦そのものとのいわば合弁企業だからね。互いの出した数字を足して前線に送ってる訳だよ」
「足す前と足したあとの数字を見比べるシステムが機能してないってことか?」
「可能性あると思う。足す前の数字が資料にはないから推測でしかないけどね」
「足した段階でもうブツは奪取されてる、と」
「でも可能性はあるけど、パーセンテージとしては低いんだよね」
「何だ、そうなのか?」
「だってこのMACからブツを盗んで運び出すのは難しいもん」
言いつつハイファが二人分のカップに二杯目のコーヒーを淹れた。カップを受け取ったシドはチェーンスモークしながら考える。
エクル・テラ双方がここMACに武器や物資を納入したばかりの段階で数を誤魔化すのが一番安全ではある。最初から数字を弄っておけば後々コンピュータを騙さずに済むのだから。手強いのは鉄壁のセキュリティを誇るコンなのだ。
後になればなるほど段階を踏んで幾つものチェックポイントでコンをいちいち騙さなければならない。
だが実際に最初期段階でそれをやるのは一番難しいと云えるだろう。この政府側セーフゾーンのド真ん中でブツを隠し、敵に渡さなければならないのだ。
敵セーフゾーンとの間の、どちら側でもない競合地域、いわゆるコンテストエリアの端まででも、その距離二千キロ以上あるという。
BELで約一時間というのが遠いか近いかはともかく、そこまで大がかりな泥棒が今までバレなかったのもおかしな話だ。
「なるほど。それなら第二の可能性は何なんだ?」
「この数字には『緩み分』が多すぎる気がするんだよね」
「余剰品ってことか。単に上が太っ腹なだけじゃねぇのか?」
「それでも員数外のブツなら盗むのは簡単だよ。前線で受け渡しするのも」
「前線なあ。大体どうやってここの奴らは戦闘してるんだ? それにいったい何のための戦争なんだよ? そもそも、そこんとこを俺は聞いてねぇぞ」
テラ本星育ちにも関わらずシドにとっては毎日が戦争……なのはさておき、本物の戦争などメディアやシネマ、ゲームの世界だ。知識はないに等しい。
「一応は命令書に付属の資料に書いてあったんだけど、また読んでないんだね」
「悪かったな。俺は刑事で軍人じゃ――」
「――はいはい、分かりました。なら、少しお勉強タイムだね。ここではこのMACより北に約二千キロ離れた政府側前線司令部から毎日、五十から千五百キロ向こうのコンバットエリアに兵士をBELで送迎してる」
リモータアプリの十四インチホロスクリーンを立ち上げハイファは解説を続けた。
この惑星マベラスに二つしかない大陸の片方、細長い形の地図が浮かぶ。
「そもそもはこの大陸にレアメタル鉱山が発見されたのが始まりだったんだよ――」
元々第三惑星マベラスは農耕中心の星だった。
だがエクル星系政府はレアメタルを発見、鉱山を開発した。そこにテラ本星や他のテラ系星系から開発資金を始めとする大量のクレジットが流れ込んだ。それまでは大部分の農民が現金収入よりも物々交換で生計を立てていたのである。
「――これが惑星マベラスで本格的な貨幣経済が始まった瞬間だね」
政府や開発業者に雇われて鉱山で働く者も増えた。その結果、彼らと農耕者の間には当然ながら所得格差が生まれることとなった。テラ連邦は純然たる資本主義社会である。農耕者への所得再分配が為されぬまま、流入し続ける外貨が貧富の差に拍車を掛けた。
そんな中、政治参加の権利すら奪われた一部の貧しい農民の間に、武装蜂起を呼び掛け自ら動き出す者が現れ集い始めた。これが現在の名もない反政府武装勢力の発端である。
この星を荒廃させた諸悪の根源として彼ら反政府武装勢力は鉱山を占拠した。そこで鉱山を取り返したいエクル星系政府と反政府勢力による本格的な争いが始まったのだ。
今では火中の栗を拾う者もいない。外資は全て手を引いている。
だがエクル星系政府が莫大な富をもたらす鉱山を諦めきれる筈もない。交渉は上手く行かず平行線、未だ鉱山を拠点とし立て篭もり護らんとする反政府勢力に対し、とうとう武力には武力で以て相対するようになったのだ。
「でも各星系政府は勝手に軍隊を作っちゃならねぇって、テラ連邦法にあるよな?」
「表向きはね。それに『高度文明星系は有人惑星ひとつにつき、一ヶ所以上のテラ連邦軍基地ないし三ヶ所以上の駐屯地を置くこと』ってテラ連邦法で定められてるけどこれを星系政府が勝手に動かすことはまかりならない」
「なのに武力闘争するだけの人員が、この星系にはあったってことだよな」
「まあ、何処だって建前ばかりを護っていられないから」
「けど、エクル政府軍だけじゃ、反政府勢力に対抗できなくなったんだな?」
人員的に消耗戦を強いられたエクル星系政府はテラ連邦議会に支援要請をした。そしてそれは可決され、惑星内駐留テラ連邦軍の本格介入に至った――。
「どうせお宝がレアメタルと聞いて、議員サマたちがこぞって後押ししたんだろ」
「そんなとこかも知れないね」
「で、どんな戦いをしてるんだ?」
「具体的な作戦としては軍事通信衛星MCSからの映像で判別した築きかけの敵拠点とか、潰されかけた自拠点の奪い合いが主になってるみたい。敵拠点は至る処にある鉱山跡が殆どだから地図もあるし、密林に囲まれてても大概映像で分かるから」
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