第3話

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第3話

 遡ること約半日。  午後になって太陽系広域惑星警察セントラル地方七分署・刑事部機動捜査課の刑事(デカ)部屋に帰ってきたシドとハイファに対してヴィンティス課長が開口一番、地獄の釜のフタが開くような声を発した。 「シド、若宮志度。そのツアー客はいったい何だね?」 「ひったくりが二件で二名に合法ドラッグ店強盗未遂が二名ですが、何か?」  シドとハイファの間には現行犯逮捕した四名ものホシたちが捕縛用の樹脂製結束バンドで数珠繋ぎにされ、うなだれているのだった。 「何故二人で出て行って六名で帰ってくるのか、我が機捜課はここで同報待ちをしていればいいというのに、何故勝手に『足での捜査』をしたがるのか、何故キミは一般通報前に現場にいるのか、訊いてもいいだろうか?」 「俺は課長より忙しいんで訊かないで欲しいんですがね。構わないでしょう、今日は強盗(タタキ)が入ったのにまだ一発も発砲してないんですよ?」  真顔で言った部下にヴィンティス課長はブルーアイに哀し気な色を称えて諭す。 「キミの感覚は危険な方向にブレている。ときにシド、今週の我が太陽(ソル)系広域惑星警察テラ本星セントラルエリア七分署管内の事件発生数を知っているかね?」 「知りませんよ、俺がそんなにヒマに見えるなら心外です」 「では教えてやろう。キミの事件(イヴェント)遭遇(ストライク)数とピッタリ同じなのだよ」 「検挙率は落としていない筈ですが」  胸を張った部下をヴィンティス課長は泣き出しそうな目で見つめる。 「そういう問題ではないのだよ。AD世紀から三千年の宇宙時代に、この汎銀河一の治安の良さを誇る母なるテラ本星のそれもセントラルエリアで、ありえない事件ばかり持って帰るんじゃないっ!」 「俺が事件をこさえてる訳じゃないのはご存じでしょう!」 「それがどうしたというんだね、現実をみたまえ! イヴェントストライカとしての自覚と責任を持って行動すべきだ! お陰でわたしは、痛たた、胃が。目眩も――」 「あー、はいはい。あとにして下さい八十年くらいあとに。……ゴーダ主任、ヨシノ警部、ヤマサキ、マイヤー警部補、こっちのひったくりをお願いします!」  自分の与り知らぬ特異体質に言及され嫌味な仇名を口にされてポーカーフェイスながらもムッとしたシドは、勝手に課長との話を切り上げ同僚たちに応援を要請した。  ハイファと共に取調室へとマル被たちを連行しながらシドは愚痴る。 「何だってこんなに忙しいんだ、課長じゃねぇがこの宇宙時代にひったくりだぞ?」 「『シド=ワカミヤの通った跡は事件・事故で屍累々ぺんぺん草が良く育つ~♪』だよ。諦め肝心だってば」  嫌味なフレーズを口ずさまれシドはバディを睨んだ。  ハイファは肩を竦める。 「まあ、千年前からはサイキ持ち、超能力者まで現れたんだからこの時代、何でもアリだよね。サイキは千差万別、それでもシドのは珍しいけどね」 「俺はサイキ持ちじゃねぇ、誰より平和を愛する只人(ただびと)だっつーの」  チャコールグレイのジャケットを翻しながらシドは唸った。このジャケットもただのジャケットではない。異常に危険な日常に耐えられるよう命の代償六十万クレジットを自前で出した特殊アイテム、対衝撃ジャケットである。  これは挟まれた特殊ゲルが衝撃を吸収し、四十五口径弾を食らっても余程の至近距離でなければ打撲程度で済ませる上にレーザーをもある程度弾くシールドファイバ製だ。  おまけに夏は涼しく冬は暖かいという自慢の品で外出時には欠かせないシドの制服となっていた。一着目はだめにして二着目の貴重品である。  更にトレードマークとなっているのが右腰に下げたレールガンだ。  針状通電弾体・フレシェット弾を三桁もの連射が可能な巨大なシロモノで、惑星警察の武器開発課が作った奇跡と呼ばれている。その威力はマックスパワーなら五百メートルもの有効射程を誇る危険物だった。  右腰のヒップホルスタから下げてなお突き出した長い銃身(バレル)を専用ホルスタ付属のバンドで大腿部に留めて保持している。  一方ハイファもイヴェントストライカのバディを務める以上は丸腰でいられない。  ソフトスーツの懐、ドレスシャツの左脇にいつもパウダーカートリッジ式旧式銃を吊っている。薬室(チャンバ)一発ダブルカーラムマガジン十七発、合計十八連発の大型セミ・オートマチック・ピストルは名銃テミスM89をコピーした品だった。  使用弾は認可された硬化プラではなくフルメタルジャケット九ミリパラベラムで、パワーコントロール不可能な銃本体と共に異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、交戦規定に違反している。  元より私物を別室に手を回して貰い、特権的に登録し使用しているのだ。  太陽系では普通、私服司法警察職員に通常時の銃の携帯許可を出していない。持っているのはせいぜいリモータ搭載の麻痺(スタン)レーザーくらいである。  だが普通でない刑事のイヴェントストライカとそのバディに関してはこの限りではなかった。二人にとって銃はもはや生活必需品、必要性は捜査戦術コンも認めている。 「事件は起こる、書類は増える、課長には嫌味しか言われねぇときたもんだ」 「それなら表を歩くのをやめればいいじゃない。課長じゃないけど機動捜査課はここで事件待ちをしてるのが普通でしょ。それを自分で迎えに行ってるんだもん」 「ふん。俺と歩くのが嫌ならそう言えよ、元のスパイに戻りたけりゃ止めねぇぞ」 「戻れないって分かってるクセに。丁度別室戦術コンが『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なるものを説いてくれなかったら僕は別室クビだったんだから」  ハイファは声を潜めた。自身の本業はシドと課長しか知らぬ軍機、軍事機密だ。  所属するテラ連邦軍中央情報局第二部別室とはあまたのテラ系星系を統括するテラ連邦議会を裏から支える陰の存在で『巨大テラ連邦の利のために』を合い言葉に目的のためなら喩え非合法(イリーガル)な手段であってもためらいなく執る超法規的スパイの実働部隊である。  そこでは汎銀河で髪の毛一本持ち上げるのがやっとの者も含めて、予測存在数がたったの五桁といわれる稀少で貴重なサイキ持ちをも複数擁し、日々諜報と謀略の情報戦に明け暮れているのであった。  そんなところでハイファが何をしていたかといえば、やはりスパイだった。  宇宙を駆け巡るスパイだったハイファは、昔から自覚しているノンバイナリー寄りのメンタルとバイセクシュアルである身、それに何処から見てもノーブルな美人であるミテクレとを武器に敵をタラしては情報を分捕るといった、なかなかにきわどくエグい手法ながら、まさに躰を張って任務をこなしていたのだ。  だが数ヶ月前に転機が訪れた。  まだ惑星警察に出向前だったハイファは別室命令を受け、とある事件を捜査するために刑事のふりをして七年来の親友であり想い人であったシドと初めて組んだのだ。  捜査の甲斐あってホシは当局に拘束された。だがそれだけでは終わらなかった。ホシが雇ったサイキ持ち二人組に二人は襲われたのだ。  一人は倒したが残る一人に向けられたビームライフルの照準はシドに合わされていた。だがビームの一撃を浴びたのはハイファだった。シドを庇ったのである。  しかし生死の境を彷徨って数週間後に目覚めたハイファを待っていたのは、シドの一世一代の告白という何とも嬉しいサプライズだった。失くしかけてみてシドは初めて失いたくない存在に気付いたのである。そして言ったのだ。 『この俺をやる』と。  一生の片想いを覚悟していたハイファは天にも昇る気持ちだった。  けれどそこに落とし穴があった。七年もの想いが叶ってシドと結ばれた途端にハイファはそれまでのよう躰を張った別室任務が務まらなくなったのだ。  想いの蓄積故か、敵をタラしてもその先ができない、平たく云えばシドしか受け付けない、シドとしか行為に及べない躰になってしまったのである。  それで使えなくなったハイファは惑星警察に出向という名目の左遷と相成ったのだ。 「この上は、貴方に一生責任とって貰うんだからね」 「へいへい、覚悟してるって」  そこでゴーダ主任に怒鳴られ二人は慌てて取調室に入る。素直なホシに単純明快な事件、サラサラと調書を取ると地階の留置場にご案内だ。
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