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第6話
立ち上がるとシドは寝室で着替える。
まず特級射撃手徽章や略綬の多数嵌ったプレートを上着の胸に着け直した。ラフな綿のシャツとコットンパンツを脱いでワイシャツとスラックスを身に着けブルーグレイのタイを締めると、右腰に着けたヒップホルスタ付属の大腿部のバンドを調整してから上着に袖を通す。
リビングに出て行くなりハイファがうっとりとシドを見つめた。ノーブルともいえる面持ちが僅かに紅潮している。制服フェチの気があるのだ。
「わあ、やっぱり黒髪に黒い制服がしっとり似合って、何度見ても恰好いい~っ! それに相変わらず凄いね、胸の総監賞略綬」
「こいつらの何百倍も始末書を書いたんだ」
イヴェントストライカは始末書の数もハンパではないが検挙率もスゴいのである。
「ここでずっと見ていたいけど、そろそろ出られる?」
「もし『俺、スポッタ』案が通れば、このままエクル星系行きなのか?」
「んー、たぶんね」
着替えその他は全て支給と聞き、これだけは手放せない対衝撃ジャケットを取り上げて羽織るとポケットに煙草を幾つも押し込んだ。ニコチン・タールが無害化されて久しいが依存性だけは残した企業戦略に嵌った哀れな中毒患者である。
カップ類を片付け、玄関に立った二人はどちらからともなく抱き合う。唇を重ねた。柔らかな感触をついばむようにして存分に楽しんだのち、捩るような勢いでシドは求める。ハイファの歯列を割り舌を差し入れて絡ませ合った。
「んっ……ン、ぅん……んんっ」
息もつけないくらい口内を舐め回され、舌を痺れるほど強く吸い上げられてハイファは苦しげな、だが甘い喘ぎを洩らす。ふと我に返りシドの胸を突いて逃れた。
「だめだったら……行けなくなっちゃう」
上気した目元で抵抗されシドには堪らないものがあったが、今は引き下がる。
部屋を出てリモータでドアロックするとエレベーターで一階に降り、エントランス脇に駐まっている無人コイルタクシーに乗り込んだ。
AD世紀の自動車と形もさほど変わらないコイルだがタイヤはない。小型反重力装置を備えていて、僅かに浮いて走る。停止し接地する際に車底から大型サスペンションスプリングが出るのでコイルと呼ばれるようになったらしい。
後部座席に並んで座りハイファが座標指定すると、オートでタクシーは発進した。
セントラルエリアでも郊外の軍施設が集中している地区までは十五分ほどだ。タクシーは基地の正門前で接地する。ハイファがリモータでクレジット精算して降りた。
正門の警衛所をシドも別室カスタムメイドリモータでクリアする。最奥にある中央情報局までは専用コイルで移動しそびえ立つビルをシドは見上げた。
別室はここの地下六階にある。地下六階だがリモータチェッカと立哨の兵士をクリアし、一旦上階に上がった。
通路の途中にある休憩コーナーのような場所でオートドリンカの脇にある飲料倉庫のような扉を開くとここに別室専用エレベーターがあった。
秘密基地のノリである。
やっと人目を逃れ、独り真っ黒の制服で浮きまくりの余所者であるシドはホッとした。エレベーターから降りると地下六階というイメージに比してライトパネルが煌々と照らし明るく清潔な廊下を少し歩く。
そしてここからが正念場、別室長とのアポなし会見だ。シドはここにくるのも別室長に会うのも初めてではないが、できれば会わずに済ませたい相手であるのは確かだった。
しかしここまできて引き返せない、シドは腹に力を入れる。
オートドアの脇、音声素子が埋め込まれた壁に向かってハイファが声を掛けた。
「ハイファス=ファサルート二尉、入ります」
「広域惑星警察・シド=ワカミヤ巡査部長、入ります」
壁にあるパネルにリモータを交互に翳すと内側からの操作でオートドアが開く。
相変わらず錯視を起こしそうな部屋だった。白い壁に白い床、白い天井に無機的なライトパネル。置かれている応接セットも白ければシルバーグレイの髪をした小柄な男が就いている多機能デスクも真っ白である。
「やはりきたか、若宮志度」
口元は笑いを浮かべ細い目には炯々と光が宿っているようだった。ハイファと同じ何の変哲もない濃緑色の制服を着た男からは独特の威圧感が漂ってくる。
だがオーラに押されて黙っている訳にはいかない。シドはハイファと共に多機能デスクの前に進み出た。小柄な男、別室長の目をまともに見る。
「何だよ、『やはり』ってのは。予知でもしてたってのか?」
「未だサイキにも予知など存在していない」
「ふん。だが俺がここにきた理由はもう分かってるんじゃないのかよ?」
別室長ユアン=ガードナーがサイキ持ち、テレパスだということは、この時点ではまだシドは知らなかった。しかしシドのセリフは的を射ていたと云える訳だ。
約千年前に存在が確認されたサイキ持ち、いわゆる超能力者の彼らは、過去の何処かで長命系星人との混血がなされていること以外、未だ何の科学的解明もされていないのが実情だ。
彼らは人には在り得ぬ力を本能として生まれ持ち、汎銀河条約機構でもテラ人と双璧を成す長命系星人の血を先祖返りのように濃く持つため長命である。
それらの特性によって世間からは羨み、妬み、白目視される時期が長く続いた。
現代では、あからさまな差別を受けることはかなり減ったものの、その力を欲しがる研究機関や組織から、意志を無視したスカウトを受けて殺人や傷害を犯してしまう者もいれば、サイキ自体を抹殺せんという狂信的カルト集団も存在して命を脅かされる者もいる。
そうした社会でサイキ持ちが生き抜くにはやはり自ら組織に身を置くのが賢明だ。喩えそれが決して日の目を見ることのない別室や雇われ暗殺組織であっても――。
ともあれ一見冴えない中年男のような別室長の年齢も見かけでは量れないことになるが、まだこの時のシドには全くそんな考えは浮かばない。
ハイファから事実を聞かされてから初めてシドは考えたものだ。自ら望んで陰に身を置き巨大テラ連邦の暗部を見据え続け、内部粛正も一切ためらうことなく行ってきたというあの男はどれだけのことを見聞きしてきたのだろうかと。
そんな思考までもが筒抜けだと思うと、これほど付き合いづらい御仁もいない。これまでだって充分以上に付き合いづらかったのに、次から余計に鬱陶しくなる訳だが、ここではまだ知らなくて幸いだった。
それはともかくシドが問いを投げたまま互いに黙って数秒間が経過する。普段はどんな相手であっても人怖じしないシドがいたたまれなくなって口を開こうとした途端ユアン=ガードナーのリモータが発振し始めた。シドへの返答を保留し操作する。
画面にチラリと目を向けると更に口角を上げた別室長が先に口火を切った。
「相変わらず逸らさない、いい目をしているな、志度。スポッタの件、いいだろう。命令書を流す。惑星警察への根回しもしておく。あとはハイファスに訊きたまえ」
拍子抜けするほどあっさり言われ、何となくシドは別室長の細い目を睨みつけた。
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