第7話

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第7話

 同時に気づいたシドとハイファは傾いだ軍用BELの中でシートベルトを外した。 「ハイファ、大丈夫か?」 「何とか……うー、死んだかと思ったよ」 「俺も賽の河原が見えたぜ」 「僕は花畑だった」  気を失っていたのはたった数秒間だったらしいのをリモータで確認すると、ハイファは滑って機体前部まで移動していた狙撃銃のケースを確保する。商売道具であるというだけでなくハイファは相当なガンヲタなのだ。 「あー、良かった。損傷なし、と」  既に他の兵士たちも目覚めて互いの無事を喜び、一部は呻き声を上げ始めている。  オートで飛ぶBELだが、何事かがあったときのために機器の監視役としてパイロットとコ・パイロットは乗っていた。今回の彼らの任務は新兵三十名のMACへの輸送だったが、残念ながら遂行できなかった。  パイロットもコ・パイも負傷者組である。この場合は階級的に最上級者の指示に従うべきだったが、パイロット自身が最上級者だった。  そこで全員の目が向いたのはシドとハイファだった。今は二人とも士官である二尉の階級章をつけているからだ。だがここで頼られても新参者なのは同じだ、困る。 そこで二人はMACから新兵を迎えにきたテラ連邦陸軍曹長をじっと穴が開くほど見つめてみた。曹長殿はなかなかに有能らしかった。  BELのベンチシートを外し簡易担架にすると負傷者六名を乗せて外に出る。外は恒星エクルの光が地面に辛うじて届くくらいの密林だったがここからMACまでは約一キロしかない。リモータでMACに状況を送りつつ曹長は全員に前進を命じた。  それでも行程は険しかった。木の根や蔦の這う足場は悪く鬱蒼とした森は異様に湿度が高い。交互で担架を運ぶ係に就きながらシドは今回の任務が精神だけでなく肉体的にも相当過酷なものになる予感がして溜息をついた。  列の一番先頭で前方にレーザー小銃を向けながら警戒しつつ歩いている数名の兵士を見てシドはハイファを振り返る。 「ここでいきなり戦闘なんてアリなのか?」 「可能性はゼロじゃないけど、ここは惑星内駐留テラ連邦軍の施設の背後、つまり味方のセーフゾーンだからね。ああして先導警戒係のポイントマンが就くのはセオリーってだけで。今は形だけだよ」  解説するハイファは狙撃銃のケースを持っているので担架搬送係からは外されていた。ケースは大きく中身の銃だけでも十三キロという重さだが、超小型反重力装置付きで殆ど重さを感じさせない。 「ふうん。大昔と違ってクソ重い銃担いで歩く訳でもねぇし、マシなのか……」 「でも狙撃任務に就いたら二、三日くらいアンブッシュ、いわゆる待ち伏せをすることもあるからね。荷物は案外重たいよ。もう嫌になっちゃった?」 「三日もあれば互いの人生、相手より相手のことに詳しくなっちまいそうだな」  小声で話していると唐突にひらけた場所に出た。ちょっとした宙港施設ほどの広場では戦闘服姿の兵士たちが整列して走り、時折銃の撃発音が高空にこだましている。  そして何より目を引くのが七棟の建物、このジャングルにそぐわぬ近代建築だった。  ファイバの地面に囲まれたそれらはせいぜい十階建て前後の建築物であったが、いきなり文明圏のマンション群がテレポートでもしてきたような光景にシドは戸惑う。 「これってさっきみたいなRPGのいい標的じゃねぇのか?」 「あのテのロケット砲の有効射程はせいぜい五百メートル以下、汎銀河条約機構のルール・ブ・エンゲージメントに則ればね。このセーフゾーンに届かないよ」 「じゃあ何でさっきは飛んできたんだ?」 「それこそストライク、誤射じゃない? 敵ならとっくに掃討部隊が出てるって」 「俺のせいみたいに言うなよ。それにしても慣れてるよな、お前」 「別室の前は何度もこういうの、やったから。ほら、整列して着任申告だよ」  二列横隊三十名の末尾に二人は立ち、目立つシドはハイファの後ろで、誰かがエラそうな軍服男に敬礼するのに合わせて二度、敬礼した。  ここエクル星系政府は反政府武装勢力に対抗するためテラ連邦に介入を要請し、要請は議会の承認を経てシステマチックにテラ連邦軍に派兵命令が下った。  介入したテラ連邦軍の後方本部であるMAC――ミリタリ・アシスタンス・コマンド――は、新入り兵士の訓練や前線司令部への兵站、いわゆる人員や物資の補給などを主に行っている。病院も一棟あった。前線で負傷した兵士が後送されてくるのだろう。  何れにせよ殆どが惑星内駐留のテラ連邦陸軍兵士で現地の人間ばかりだった。 「なんか、思ってたのと随分イメージが違うのな」  全員を建物のひとつに案内してくれたのは制服の女性で、綺麗に化粧したその様子はまるで宙港ロビーの案内所にでも座っていそうな雰囲気だった。 「ここは、そう、会社に喩えれば総務部みたいな所なんだろうね」  化粧した美人を先導に新兵集団はエレベーターに乗り、二人は五階で降りる。 「こんな立派な兵舎があるとは驚きだぜ」  キィロックコードを流して貰い、入った部屋は士官用の二人部屋で新しく清潔だった。シドは硬くて狭いベッドが数十も並んでいるのを想像し覚悟していたので、かなり嬉しかった。  二つのデスクに椅子、ベッドこそ上下二段だが、狭いながらもリフレッシャブースやトイレ、ダートレスまでもが完備されていた。ポットとカップもありインスタントコーヒーくらいなら淹れられそうで、ビジネスホテルと何ら変わりがない。  ロッカーには真新しい制服から下着までが既に揃えられていた。  だが嬉しそうなシドにハイファが釘を刺す。 「今のうちに目一杯、綺麗な服と柔らかいベッドを愉しんでおいた方がいいよ。僕らは殆ど訓練要らずの別行動でターゲットのヤン=バルマー氏の動向によっては、すぐにでも前線司令部に送られて出撃なんだからね」 「反政府武装勢力指導者なんか、そうそう出てきやしねぇだろ?」 「出てこなけりゃ言ったでしょ、何日でも待ち伏せる。土の穴がベッドだよ」 「アンブッシュなあ」  呟いたシドは、そういや俺の商売道具はここで借りるんだっけ、などと暢気に思う。 「そう、それ。受領したらここの環境で調整し直したいから付き合ってよね」 「ああ。ってことは、他の隊員とはまるきり別行動で構わないんだな」 「今回僕らが演じる隠蔽(カヴァー)は、まんまスナイパーとスポッタだからね。前線司令部に行けば部隊と行動する可能性もあるけど、中央派遣の僕らは、まずランニングだの腕立て伏せだので上官にしごかれる心配はないよ」 「そうか、ならいい。そこにオートドリンカがあった。コーヒー買ってくる」  すぐに戻ってきて一本をハイファに渡し、自分も保冷ボトルのキャップを開ける。灰皿の所在を確認してから煙草を咥えてオイルライターで火を点けた。 「で、今から何するって?」 「他の皆さんは休憩、僕らは射場」 「自主的にか?」  頷くハイファにシドは煙を吹きかける。 「お前もほんっとに好きだよなあ、ンなモンまで別室の倉庫から掘り出してきてさ」 「ミリアットM820エレガⅢSP、情報以外ではあそこにある物でベストテンに入る高級品だよ。可愛いでしょ」 「ヲタにはついてけねぇよ」 「そんな大砲腰から下げて本星セントラルでぶちかます人に言われたくありません」 「こいつは生活必需品、知ってるだろ。……くそう、射場は火気厳禁か」 「節煙、節煙。そういや僕らの直属上司は」  と、ハイファはリモータを操作して確かめる。 「クラウス=ノーサム三等陸佐だね。先にこの人捕まえて射場の使用許可とスポッティングスコープを分捕らなくちゃ」
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