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 その人と都会のカフェで待ち合わせた。やる気を見せたくて、ちょっとカッコつけたくて、だから背中にピカピカのギターを入れたペラペラのギターケースを背負っていった。  その人とは、飲み物の好みが合った。ちょっと未来に期待した。  ふたり分のミルクティーが届くと、一口飲んで、本題に入った。  いざ本題、となると、急にカフェの空気がピリッと痛くなった気がした。  話をすればするほどに、その人との熱量の違いを感じたり、自分自身の会話の引き出しの少なさを感じたりした。  ただただ打ちのめされる、拷問の時間みたいになっていて、終わるころまでに飲み切ることができなかったミルクティーを最後の最後に飲み干すと、「もう二度とミルクティーなんか飲まないもん」ってくらい、おいしくないって思った。  その人は「検討してお返事します」と言ってくれたけれど、返事が「これからもよろしく」ではなく「さようなら」であることくらい、私にはよく分かっていた。  悩む。ギターを買うのはまあいいとして、バンドメンバー募集にまで手を出さなければよかっただろうか、と。  後悔しないように、明日死んじゃってもいいようにと行動して、今、後悔の渦にのまれた。  空を見た。ニョキニョキと高層ビルが乱立していて、アレをひたすらにのぼったら、雲に手が届く気がした。  のぼろうとしなければ、雲に手が届くはずもない。けれど、のぼろうとしたならば、もしかしたら、手が届く。  雲にだって、きっと。  そう考えて私は、ここ数日の自分を褒めることにした。もう、後悔の渦にはのまれない。私は、すごく頑張った。明日死んじゃっても後悔しないようにと、前を向いて生きることを頑張った。だから、それで、いいじゃないか。  大学を卒業し、予定通りと言っていいだろう、ただの会社員になった。そして今ではすっかり社会人らしくなったと思う。  別にやりがいがいっぱいというわけでもないけれど、明日もちゃんと生きられて、ちょっとなら贅沢できるくらいのお金を貰えているから、それなりに満足してる。  だからかどうだかわからないけれど、気づいたら転職しないまま4回も新人を受け入れた。  バンドに入っているわけでも、路上に立つわけでもないけれど、せっかく買ったのだからと、仕事が終わると夜な夜なひとり、ギターを弾いていた。どれだけ下手くそだって、弦が弾ける音を聴いていると、癒された。  これがなかったら私は、予想通りに違う会社に移ってたりして。そんなことを考える日も、そこそこある。  さすがに素人だって、何年も夜な夜な弾いていたら、大好きな歌を弾き語れるようになっていた。  弾き語れるようになって、それがだんだん、自分目線ではあれ様になってくると、また欲がぶくぶくと膨らんだ。  ――やっぱり、ステージに立ってみたいかも。  しかし、学び多き経験は、私を猪にしなかった。  ――って言ったって、ステージに立つ術なんてないし。そもそも、ステージを追いかけるほど、演奏することに熱くなれると思えないし。  これは、ただの、趣味だし。  私は、欲を粘土みたいにして、捏ねて伸ばして、形を変えた。  そして、ステージに上がることを諦めて、ステージを観に行くことにした。音楽でひとつになる世界に、行くことにした。  明日死んじゃうとして、最期に刻む一番フレッシュな記憶が、音に包まれた記憶であったなら。  すごく幸せだと思ったのだ。
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