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 いざ、暗色の箱の中に身を投じた。  この場所で光り輝けるのは、演者だけ。  たまたま隣になった人は、ひとりで来たみたいだった。  ちょっと暇そうに、耳たぶを引っ張ったりしてる。  私もひとりで来たから、けっこう暇だった。  ――明日死んじゃっても、後悔しない?  自分で自分に、問いかける。  どうせ、たまたま隣にいる人なんだし。これからずっと一緒にいる人ってわけじゃないんだし。失敗したって、別にいいよね。話が弾んだら万々歳ってことでさ。 「誰推しですか?」  声を、掛けてみた。  ――私って、こんな感じだったっけ?  自分で自分が分からなくなるくらい、ごくごく自然に話しかけていた。 「え? あ、ああ……キーボードのエリ、かな?」 「良いですよね、エリの演奏」 「あなたもエリ推し?」 「まぁ、はい」 「ねぇ、知ってる?」  隣の人が、ちょっと顔を近づけてきた。ひそひそ話の距離感。ちょっと緊張する。引き出しを準備してない。だけどなんだか、今の私なら、平気な気がする。 「エリがバンドメンバー探してた時にさ、何を思ったか、カフェでお茶したことがあるらしいよ」 「え?」 「スタジオで演奏を聴くとかじゃなくてさ、カフェでお茶して話しただけの子がいるんだって」  私のことだ。 「ギターの人らしいんだけどさ。その子がもしバンドに入ってたらさ、どうなってたんだろうね。もっとデビュー、速かったりして」 「そんなこと、ないですよ」 「ん?」 「デビュー、出来てなかったかも」  隣の人の顔が、苦い顔になった。 「だってその人、ギター下手だし。今でもろくにギターソロ弾けないんですよ。ちょっと難しいやつにようやくチャレンジし始めたくらいで」 「ごめん、その……。知らない人のことを悪く言うのは、良くないと、僕は思う」  はっきりとした、口調だった。 「すみません。でも」 「でも?」 「そのギターの人、知ってる人、っていうか、その……」 「知ってるの? 幻のギターメン」 「その……あの……私、なんです」 「え……え?」 「エリとカフェでお茶したギターの人、私です」  ライブの幕が、開いた。
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