9人が本棚に入れています
本棚に追加
第43話
保養所に辿り着いた二人は手を洗ってうがいを済ませると、着替えもせずに一階の小食堂に駆け込んだ。
香ばしい油の匂いが漂っていて食欲をそそる。着席すると今まで何処にいたのか御前もやってきた。霧島は鋭い目を向けたが文句は言わない。
「おぬしたちの獲物を相伴に預かるぞい。今枝、酒は冷やで頼む」
刺身の器と猪口が揃うと皆で手を合わせてから夕食に取りかかった。京哉は口当たりのいい大吟醸を御前と酌み交わす。霧島も手酌で淡々と飲んでいた。
まもなく熱々の天ぷらがサーヴィスされて京哉は抹茶塩や大根おろしとショウガ入りの天つゆなどで頂く。
「うわあ、サクサクで美味しい!」
「うむ。これはいけるのう」
「この大っきなキスは忍さんが最初に釣ったヤツだよね?」
「ああ。カレイは唐揚げか。これも旨いな」
あとは舞茸やイカに海老の天ぷらなどが出され、松茸の茶碗蒸しに赤だし、五目ご飯などが並んだ。栗にイガを模した短いそうめんをまぶして揚げてあったり、もみじそっくりに細工された人参が添えてあったりと、初秋に秋らしさを演出する趣向を凝らした夕餉である。
目でも愉しみながら三人とも旺盛な食欲で平らげた。
デザートは葡萄と桃のシャーベットですっきりした味わい、これも綺麗に頂く。
厨房のシェフたちに料理への賛辞と礼を述べ、ロビーで京哉と御前はコーヒー&煙草タイム、霧島は食後酒のブランデーグラスを傾けた。そこでまた御前が切り出す。
「明日もパーティーじゃ。入江参議院議員の婚約披露パーティー。白藤市内のレキシントンホテル最上階の大ホール、二十時からじゃからの。では、頼んだぞよ」
二人の反応も見ずに御前は三階の自室に戻ってしまった。京哉と霧島は顔を見合わせて溜息だ。そうと決まれば早寝に限る。
二人も四階の京哉の部屋に引っ込んだ。
◇◇◇◇
夜も更けた頃。
霧島に抱き締められて眠っていた京哉はふいに目を覚ました。常夜灯の薄明かりで柱時計を確認すると二時過ぎだ。見上げると霧島も目を開いていた。
「今、音ってゆうか、変な感じしなかった?」
「しっ! 静かに起きて着替えるんだ」
囁き声の霧島の緊張感が伝染して京哉は黙って頷く。ベッドから滑り降りて足音を忍ばせ、クローゼットをそっと開けてドレスシャツとスラックスを身に着けた。着替えた霧島がホルスタから銃を抜くのを見て不思議に思いながら京哉も倣った。
「さっきのは音じゃない。この部屋は防音だからな。だが確かに空気は震えた」
「僕もそんな感じがしたよ、気配? みたいな。じゃあ何だろう?」
「おそらく銃声だ」
「えっ、何で? それじゃ今枝さんたちや御前は?」
「まだ何も分からん。殺られてなければいいが」
まさかと思い、京哉は泣きそうになる。だが泣いていては事態を打開できない。それに自分たち二人が海棠組から恨みを買い、それで銃の携帯を常時許可されていることも霧島から聞いていた。
多分敵の狙いは自分たち、それなら皆は大丈夫だと自分に思い込ませて京哉は己を叱咤する。霧島と共に初弾がチャンバに装填されているのを確認した。
「この建物の中にいるんだよね、どうするの?」
「敵の人数と装備が分からん以上、皆を危うい賭けに巻き込めん。プロならまだしも景気づけにクスリをヅケたチンピラは捨て身でくるからな。ここは籠城戦より敵を追い出す策を取りたい。上から下へルームクリアリングしながら降りる。了解か?」
「はい。あ、また銃声だ」
「拙いな、急ごう」
手っ取り早く機捜本部にメールで一報した霧島に続いて部屋を出た。
耳にダイレクトに聞こえる音というより反響だが、その発生源が遠いのは分かっている。そこで四階の部屋のドアは霧島もためらいなく開けた。
この階の部屋はどれも異常がないことを確かめる。
滅多に使用されないが掃除の行き届いた絨毯敷きの階段で静かに三階へと降りた。
「ここにいるのは御前一人だっけ。ねえ、大丈夫かな?」
「落ち着け。背中を撃たれるのは気が進まん。端からルームクリアリングだ」
廊下を密やかに辿って端の部屋のドアを前に立った。左右に分かれて壁に張り付くと、京哉はシグを両手保持して霧島を見る。頷いた霧島が唇の動きだけで合図した。
「三、二、一、行くぞ!」
最初のコメントを投稿しよう!