第2話

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第2話

 叫んだ京哉がバスルームの方に消えてゆくのを霧島はもの悲しい思いで見送った。    仕方なくベッドから降りてキッチンに立つ。まずは黒いエプロンを着けた。  ボウルに卵と牛乳と砂糖に塩をひとつまみ入れて掻き混ぜバゲットをスライスして放り込む。京哉の好きな赤いウインナーに切れ目を入れて冷凍ほうれん草と炒めた。フレンチトーストを焼いている間に京哉がバスルームから出て再び寝室に消える。  ドレスシャツとスラックスに眼鏡姿の京哉がキッチンに顔を出す頃には朝食の準備が整っていた。京哉がポットの湯でカップスープとインスタントコーヒーを淹れる。 「頂きます。生ごみは……出てますね。出勤の時に捨てますから」 「ああ、頂きます。しかし朝から『生ごみ』を連呼するのはどうかと思うぞ」 「僕にとっては最重要課題ですので。まだ昼間は室温が上がりますからね」 「確かにお前の嗅覚は半端でなく敏感だが……」  色気も何もない会話を交わしながらプレートのものを全てさらえ、男二人で食器を洗浄機に放り込んだ。換気扇の下で京哉はいそいそと煙草を咥えオイルライターで火を点ける。二本吸っている間に霧島はリビングのTVと朝刊でニュースチェックだ。  どうやら今日は重大事件も起きていないらしい。  納得すると二人は寝室でライティングチェストの引き出しを開ける。取り出した特殊警棒と手錠ホルダー付き帯革をベルトの上から締め、ショルダーホルスタを装着して銃を収めた。  機動捜査隊・通称機捜は覆面パトカーで警邏し、凶悪犯罪が起きた際にいち早く駆けつけて初動捜査に従事するのが職務である。それ故に普通の刑事とは違い、凶悪犯とばったり出くわすことも考慮されて職務中は銃の携帯が義務付けられていた。  更に霧島と京哉は過去に関わった案件の事情により、県下でも有数の指定暴力団である海棠(かいどう)組に狙われる可能性があるため職務中以外でも銃の携帯を県警本部長から特別許可されている。  二人が持っている銃は機捜隊員に所持が許可されているシグ・ザウエルP230JPという割と小型のセミ・オートマチック・ピストルだ。使用弾は三十二ACP弾でフルロードなら薬室(チャンバ)一発マガジン八発の合計九発を発射可能だが、通常弾薬は五発しか貸与されない。  二人して左懐に銃を吊るとスーツのジャケットを羽織った。頷き合い寝室を出る。そこで霧島は京哉を抱き竦めると唇を奪った。噛みつくようなキスに京哉は藻掻く。 「んんぅ……く、苦し、はあっ! そんなことをしてる場合じゃないでしょう!」 「どんなことをしている場合なんだ?」 「だから生ごみの――」 「――もういい」  臭いに非常に敏感な京哉は冷凍防腐処理してあった魚の骨まで綺麗に回収し、ゴミ袋をぶら下げて玄関で靴を履いた。一緒に玄関を出た霧島がキィロックする。五階建てマンションの最上階からエレベーターで降り、オートロックのエントランスを抜けてマンション住人専用のごみ捨て場に袋を捨てた。  懸案が片付いて京哉はホッとした様子である。  随分と日差しも和らいで秋めいてきた。高い空が青い。けれど今は暢気に鑑賞しているヒマもなく足早に歩き月極駐車場に駐めた霧島の白いセダンに辿り着いた。最近の慣例として京哉はジャンケンするつもりだったが霧島は首を横に振る。 「今日は私が運転する」 「どうしてですか、まだそこまで時間は……」 「昨夜はまたお前を攻め抜いてしまったからな。まだ足腰がつらいだろう?」 「あ、はあ……じゃあお願いします」  見抜かれ赤くなった京哉がまた愛しくて霧島は切れ長の目を眇めた。  ここは真城(ましろ)市で二人が勤務する県警本部は隣の白藤(しらふじ)市にある。現在時、七時三十二分。通勤ラッシュにぶち当たるのは毎度のことだが霧島の運転なら余裕で八時半の定時には着ける筈だ。  早速乗り込んで出発すると霧島は最短で白いセダンをバイパスに乗せる。首都圏下の県内でも特に栄えた白藤市のベッドタウンとして真城市は存在し、平面的な光景が続いた。  遠く住宅地が見えるバイパスの周囲は郊外一軒型の店舗があり、間を埋める田畑に時折巨大な鉄塔が高空に突き刺さっていたりして眺める分には面白い。  窓外のそんなものを眺めている京哉に霧島は声を掛ける。 「煙草、構わんぞ」 「それはいいんですけど朝からちょっと眠いかも」 「気にせず寝ていろ。実質四時間も眠らせてやれなかったからな」 「僕が四時間なら忍さんは三時間そこそこでしょう?」 「だが眠くはない、気分爽快だ。何せお前があんなに気持ち良くて――」 「わああ、忍さん、前見て! 運転に集中して!」  三十分もすると霧島はパイパスを降りて住宅地に乗り入れた。ここからが機捜隊長を張る霧島の本領発揮で、普通なら選ばないような一方通行路や細い路地を通り抜け、あっという間に白藤市内に入っている。  すると窓外はもうビルの林立だ。高低様々なビルが建ち並び、その谷間には高速道の高架がうねっている。  そのビルの谷間でも細い裏道を通って渋滞を避けると、出発してから五十分ほどで県警本部庁舎裏の関係者専用駐車場に乗り入れてセダンを駐めていた。結局助手席の京哉は眠ってしまっている。可哀相だったが仕方なくそっと薄い肩に触れた。 「着いたぞ、京哉」 「ん、あ、すみません。半分寝てました」
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