第42話

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第42話

 何処の組かと思われそうな黒塗りは目立つが、却って警官が乗っているとは絶対に思われないのが強みだ。ここは機捜の覆面がやってくるまで回ってみるべきだった。  点在する周囲のゴミ捨て場を順にチェックしながら、霧島はごく低速で黒塗りを走らせる。期待されて張り切る京哉は目を皿のようにして窓外を真剣に見つめていた。  やがて日も暮れて外灯が頼りになった中、不審な男を見つけたのも京哉だった。  歩道の間近な外灯で照らされる男は小さめのデイパックを背負っていた。服装はスーツにタイも締めて会社帰りのサラリーマンに見えなくもなかったが、履いているのは革靴ではなく軽快なスニーカーだ。極めつけはポケットティッシュを丸めながら歩いている。 「あれに火を点けてゴミに置いたんじゃないかな?」 「断定はできんが、まずは職務質問(バンカケ)だ」  黒塗りに並走され男はギョッとしたようだった。威嚇的な車を傍に停められて逃げるかどうか迷い辺りを見回す。ここまでは至って普通の反応だ。  だが霧島と京哉が降車して霧島が手帳を提示し、真似して京哉も手帳を出して見せると、警察官だと認識した上で明らかに怯えて目を泳がせた。  あくまで丁寧な口調で霧島がバンカケする。 「お忙しいところを申し訳ありません。県警の者ですが……待てっ!」  脱兎の如く駆け出した男は長身の霧島を強敵と見做したか、小柄な京哉を突き飛ばして逃げた。  不意に全力で体当たりされた形の京哉は受け身も取れず転倒した。アスファルトの衝撃を予想したのに着地点はもっと近く固い黒塗りのフロントグリルだった。思い切り頭をぶつけて車の方が凹んだかと思うような音を聞く。気が遠くなりかけた。  狭くなった視界の中で男が逃げながら何か道の向こう側に投げたのを目にする。その男のジャケットを霧島が左手で掴んだ。  強く引いて右手首を取ると逮捕術で背後に捻り上げる。腕を逆手に捻り上げたまま引っ立てて引きずり戻ってきた。  その頃には京哉もはっきり意識を取り戻している。格好いい警察官をしている霧島を見逃がしたくない一心だった。見届けて満足したのち頭の右側を押さえて顔をしかめた京哉に霧島が大声で訊く。 「大丈夫か、京哉!」 「うーん。頭が割れてなければいいけど」 「割れてはいない、大丈夫だ……十八時二十八分、公務執行妨害で現行犯逮捕する」  男を現逮して手錠を掛けると霧島は携帯で機捜本部に連絡した。機捜本部からの誘導で近くを密行していた機捜二班の隊員たちが覆面で現着する。  京哉の証言により皆で探すと男が投げたと思しきガスライターも発見された。要請した鑑識と赤馬らしき男を隊員たちに任せた霧島と京哉は一旦本部だ。  戻ると霧島は真っ先に京哉を医務室につれて行く。 「なかなかに見事なたんこぶですな。右側頭部に全治三日。痛かったら今晩は鎮痛剤でも飲んでおけばいいでしょう。あとは異常なし。診断書は機捜に送りますから」  どうやら今度は十二歳が更に半分になったりしていないらしく、霧島は安堵の溜息を洩らした。またあんな思いをするのは勘弁である。  何があろうと自分たちを繋ぐ糸が切れないのも知ったが、知っているからと静かに座して待てるような聖人君子ではないのだ。  機捜の詰め所に戻ると既に聴取で男が連続放火を認めたということで、お手柄の京哉は皆から撫でられ小突き回されて褒められる。嬉しそうな京哉に霧島も微笑んだ。 「よし、今度こそ帰るぞ。書類は腐らんが天ぷらの材料は腐るからな」 「はい。お腹空いちゃったし」  皆から敬礼されてにっこり笑った京哉も霧島に倣ってきちんと答礼した。
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