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第2話
背は低くないとはいえ細く薄い躰は華奢と評しても過言ではない。身に着けているのは上品なドレスシャツとソフトスーツでタイまでは締めていなかった。
シャギーを入れた明るい金髪を後ろ髪だけ長く伸ばしてうなじで縛り、しっぽにしていた。瞳は柔らかな若草色だ。
メンタルはともかく躰は正真正銘の男だが、誰がどう見てもなよやかな美人である。だがこの美人は必要とあらば一瞬のためらいもなく銃をぶっ放す。
上着の懐、ドレスシャツの左脇にショルダーホルスタで常に吊っているのは火薬カートリッジ式の旧式銃だった。薬室一発ダブルカーラムマガジン十七発、合計十八連発の大型セミ・オートマチック・ピストルはAD世紀末期にHK社が限定生産した名銃テミスM89をコピーした品である。
使用弾は認可された硬化プラではなくフルメタルジャケット九ミリパラベラムで、異種人類の集う最高立法機関である汎銀河条約機構のルール・オブ・エンゲージメント、交戦規定に違反していた。銃本体もパワーコントロール不能で、これも本来違反品である。
元より私物を別室特権で登録し使用しているのだ。
愛し人に視線を向けられ、ハイファも微笑んでシドを見返す。
約三千年前の大陸大改造計画以前に存在した旧東洋の島国出身者の末裔らしく、切れ長の目も前髪が長めの艶やかな髪も黒い。身に着けた綿シャツとコットンパンツがラフすぎて勿体ないくらい造作は極めて端正だった。
女性が寄ってきて当然と言えるが、ハイファが傍で気遣わないと残念なくらい本人に自覚はない。
そして羽織ったチャコールグレイのジャケットは特殊アイテムでシドのトレードマークだ。これは対衝撃ジャケットで挟まれた衝撃吸収ゲルにより四十五口径弾をぶち込まれても余程の至近距離でなければ打撲程度で済ませ、生地はレーザーの射線もある程度弾くシールドファイバ製だ。
命の代償、自腹で六十万クレジットをはたいた品である。
その長めの裾から覗いているのはもうひとつのトレードマーク、愛銃のレールガンだ。針状通電弾体・フレシェット弾を三桁もの連射が可能な巨大なシロモノで、その威力はマックスパワーなら五百メートルもの有効射程を誇る危険物である。
右腰の専用ヒップホルスタから下げてなお突き出した長い銃身を、ホルスタ付属のバンドで大腿部に留めて保持していた。惑星警察の武器開発課が作った奇跡と呼ばれる二丁のうちの一丁である。
もう一丁はハイファと共に命を狙われた際に壊れていた。仕方ない、敵は約千年前から現れたサイキ持ち、いわゆる超能力者二人組という稀少人種だったのだから。
ともかく太陽系では普通、私服司法警察職員に通常時の銃の携帯許可を出していない。持っているのはせいぜいリモータ搭載の麻痺レーザーくらいである。
だが普通の刑事ではないイヴェントストライカとそのバディにとって銃はもはや生活必需品だった。二人ともに武器携帯許可は出しっ放し、必要性は法務局統制の捜査戦術コンも認めている。
「こういうイヴェントに何年も単独でストライクは大変だったでしょ?」
「最初のうちは何人かとは組んだんだがな。保って一週間だった」
「ヴィンティス課長曰く、『誰も五体満足で還って来なかった』って?」
「みんな、ちゃんと完全再生・復帰はしたんだぜ?」
「でもそれ見てイヴェントストライカのお供をしようなんてマゾはいなかった、と」
「うるせぇな、そのマゾの位置にお前自身がいるのを忘れるなよ」
イヴェントストライカ、誰が言い出したか嫌味な二つ名である。
AD世紀から三千年、新たにテラフォーミングされた星々に比べ、ここ母なるテラ本星は妙なエリート意識の漂う社会だ。それもこのセントラルエリアともなれば、汎銀河一の治安の良さを誇っている。義務と権利のバランスが取れた現代で人々は何も困らず充分に満足し、また醒めているのだ。
そんな世で躰を張って凶悪犯罪をやらかすようなガッツのある奴はレッドリストに載せてもいいほどの稀少種である。なのに確率論を無視して事件はシドの目前で起こるのだ。
初めて組んだ事件でジンクスの洗礼を受け一度は殆ど死んだハイファはそれでもシドとのバディを降りることなく続けていてくれる。それだけは救いだった。
本人にしてみれば愛する人と四六時中一緒にいられる天国なのだそうだが、いつ本当に天国に追いやられるか分からないほど日常がクリティカルなのだ。
ふと気付くとヤマサキが叫びながら走ってくるのが目に入った。
「シド先輩、ハイファスさん、実況見分っスよ!」
三本目の煙草を灰にして灰皿に放り込んだシドはハイファと共に歩き出した。
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