第1話

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第1話

「惑星警察だ、ナイフを捨てて両手を頭の上で組め!」  シドの大喝でパステルピンクのベンチに座った中年男が幼女に突き付けたナイフを僅かに逸らせる。その瞬間を見逃さない、シドとハイファはためらいなくトリガを引いた。  レールガン独特の「ガシュッ」という発射音と「ガーン!」という旧式銃の撃発音が公園内に響き渡り、中年男の右腕がナイフを持ったまま、ちぎれて落ちる。  右腰のホルスタに巨大レールガンを収めたシドが駆け寄り、ナイフを腕ごと蹴り飛ばしておいてドラッグに酔った中年男を引き倒した。  一方でハイファが泣きじゃくる幼女を確保、母親に預けたのちに溜息をつく。 「あーあ。また衆人環視での発砲で始末書だよ、シド」 「チクショウ、それも本日三枚目ときたもんだ」  忌々しそうに吐き捨てながらシドは朦朧としているジャンキー中年の二の腕を捕縛用の樹脂製結束バンドで締め上げて止血処置をした。  シドとハイファの射撃の腕は超A級、誤射などしたことがない。だが通常なら考えられる危険性故にこの場合は問答無用で警察官職務執行法違反となってしまうのだ。  こちらもしかめっ面のハイファが愚痴る。 「幾ら明日から二連休っていっても今日はストライクしすぎじゃないの?」 「俺のせいってか?」 「足での捜査にこだわるのもいいけど、いい加減にイヴェントストライカもたまには大人しく署で事件待ちでもしてたらどうなのサ。書類も溜まってるんだし」 「あのな。事件が起こるから書類が溜まるんだ。そして俺は事件を起こしてねえ」 「そうかなあ? 誰もそうは思ってくれないと思うけど」 「お前までそいつを言うのか、ハイファ? え?」  気を悪くしたシドが唸る間に緊急音が近づき、反重力装置駆動の二機の垂直離着陸機BEL(ベル)が音もなく上空から降りてきた。野次馬の輪が大きく膨れ場所を空ける。  まずは昔ながらの白地に赤い十字のペイントを施した救急機から白ヘルメットに作業服の乗員らが飛び降りてきた。  ジャンキー中年と身から離れた腕とを回収、両方再生槽にボチャンと放り込むと馴染みとなったシドとハイファに黙って敬礼し、再び機に乗り込む。  小さめのデルタ翼を煌めかせつつ救急機が駆け立つと、入れ替わりにランディングした緊急機から鑑識とシドたちの同輩がわさわさと降りてきた。 「またやったな、イヴェントストライカ!」  やってきた主任のゴーダ警部が大声で言いつつシドの背をどつく。 「シド先輩、今週に入って始末書も八枚目、記録まであと二枚っスね……ぐはっ!」  朗らかに言った後輩のヤマサキにシドは無言で膝蹴りを食らわした。  大仰に騒ぐヤマサキを無視、シドは黄色いベンチに腰掛けて鑑識作業を眺める。  眺めているうちにシドの左手首に嵌めたマルチコミュニケータのリモータが振動を始めた。発振が入ったのだ。シドはガンメタリックのそれを睨みつけ、黙って操作し振動を止めた。目顔で訊いたハイファに不機嫌な声でシドは答える。 「ヴィンティス課長。『即、帰れ』だとよ」 「そりゃあ合法ドラッグ店と宝石店の強盗(タタキ)二件に続いてこれじゃあね」 「だから俺がやってる訳じゃねぇんだがな」  シドは立ち上がると公園内でも灰皿のある場所まで移動し、傍のオートドリンカにリモータを翳すとクレジットを移す。保冷ボトルのコーヒーを二本買った。一本をハイファに渡すと煙草を取り出し咥えてオイルライターで火を点ける。  愚痴を垂れながらも稼業は刑事、現実認識能力は人並み以上に持ち合わせている。今日の事件(イヴェント)遭遇(ストライク)率はさすがに高すぎだというのを自覚していた。普段から『刑事は歩いてなんぼ』を標榜しているが、緊急機に便乗して署に帰るしかない。  道を歩けば、いや、表に立っているだけで事件・事故が寄ってくる自分の特異体質にはうんざりしていた。だが今はこうして相棒(バディ)のハイファがいるだけマシなのだ。  そう思いながらもハイファに八つ当たり、シドは紫煙をまともに吹きかけた。  シドこと若宮(わかみや)志度(しど)とハイファことハイファス=ファサルートが太陽系広域惑星警察セントラル七分署・刑事部機動捜査課の刑事としてバディを組んでからまだ数ヶ月である。  出会って以来七年もの片想いをハイファがとうとう成就させ、性癖は完全ストレートで女性に不自由した試しのないシドが陥落してプライヴェートでもそれなりの関係を構築してから数ヶ月ということでもあった。  ハイファは元々刑事ではなく本業は軍人だ。地球(テラ)連邦軍中央情報局第二部別室なる一般には殆ど存在を知られていない部署からの出向であり、未だそこに軍籍を置いている。ただ、この事実はシドと機捜課のヴィンティス課長以外に知る者はいない。  中央情報局第二部別室、その存在を知る者は単に別室と呼ぶ。  AD世紀から三千年、現在ではあまたの星系でテラ系人は暮らしていた。それらテラ系星系を統括するのがテラ連邦議会で、別室はテラ連邦議会を裏から支える存在である。  曰く『巨大テラ連邦の利のために』を合い言葉に、目的を達するためなら喩え非合法(イリーガル)な手段であってもためらいなく執る超法規的スパイの実働部隊であった。  日々諜報と謀略の熾烈な情報戦に明け暮れる別室で、ハイファが数ヶ月前まで何をしていたかといえば、やはりスパイだった。  宇宙を駆け巡るスパイだったハイファはノンバイナリー寄りのメンタルとバイセクシュアルな性癖、それにノーブルな美貌とを武器に、敵をタラしては情報を分捕るといった、なかなかにエグい手法ながらまさに躰を張って任務をこなしていたのだ。  だが数ヶ月前に転機が訪れた。  別室命令でハイファがとある事件を捜査するため刑事のふりをし、七年来の親友であり想い人だったシドと組んだのだ。事件は解決、ホシは当局に拘束された。だがそれだけでは終わらなかった。ホシが雇った暗殺者に二人は狙われたのである。  敵の手にしたビームライフルはシドを照準していた。だが避け得ない筈のビームの一撃を浴びたのはハイファだった。シドを庇ったのだ。  しかし生死の境を彷徨い奇跡的に目覚めたハイファを待っていたのは、シドの一世一代の告白という嬉しいサプライズだった。失いかけてみてシドは初めて失くしたくない存在に気付いたのである。そしてハイファに言ったのだ。 『この俺をやる』と。  七年間親友の地位を護りながらも完全ストレートのシドを前に心の中では一生片想いを覚悟していたハイファは、当然ながら天にも昇る気持ちだった。  だがその影響が思わぬ処に波及したのだ。  想い叶ってシドと結ばれた途端にハイファはそれまでのような別室任務が遂行できなくなってしまったのである。敵をタラしてもその先ができない、平たく云えばシドしか受け付けない、シドとしか行為に及べない躰になってしまったのだ。  使えなくなったハイファをクビから救ったのは丁度その頃別室戦術コンが弾き出した御託宣で、『昨今の事件傾向による恒常的警察力の必要性』なるモノだった。  お蔭でハイファは別室から惑星警察に出向という体のいい左遷と相成ったのだ。 「ちょ、やめてよね。……なに?」  煙をあおぎ顔をしかめるハイファをシドはじっと眺めた。 「や、何にでも嵌れるスパイとはいえ、お前も刑事稼業が板についてきたなって」 「貴方とバディを組んでたら嫌でも慣れるよ、事件にも始末書にもね」 「ふん。まあ、お前がミテクレよりもタフな奴で助かったぜ」  チェーンスモークしつつシドはバディを改めて観察する。  とても軍人に見えない。
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