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「いや、この子はオレの――」
私もうなずいて(また花子さんと誤解された)と思い「違います」と言った。
「違わないわ! 私がこの横須賀高校の生徒会長、花子様よ!」
その大きくハキハキとした声が私の真後ろから響くものだから、ガツンと頭を殴られたような気分になった。
「そして、あなたたちね、私のドッペルゲンガーたちは」
私は荒い息を落ち着かせるように胸に手を当てながらゆっくりとふり返った。そこにいるのは、たしかに私に似た女子高生だった。 でも、みんなが間違えるほど――例えば鏡のように似ているか、といえば、私にはそうは思わなかった。
「あら、あなたがドッペルゲンガーさん? あまり似てないわね。っていうか、サイドテールの位置が違うじゃない。私が左であなたが右、こうして見てればそうかなるほど鏡合わせみたいね、って思わなくもないけど、あなたは化粧っ気もないし、やっぱりドッペルゲンガーなんてウソじゃない」
滔々と流れるようにしゃべる花子さんだった。私は何を言えば良いのか分からず、最初に出てきたのが「似てないですね」だった。
「ほら! お互いに似てないんだから、これはもう、お互い別人よ。本当、民衆のウワサって、しょせんウワサでしかないのよ」
「民衆? ウワサ?」
私が戸惑っていると、花子さんの後ろから別の生徒がやってきた。見ればさっき私を見間違えた男子生徒だった。大きな荷物を持っていて、うでの腕章がかたむいている。
「あの、回収物を仕分けしたいんですが」
「あ、そう。どうぞ」
花子さんは私と草太兄ちゃんを生徒会室から引っ張り出すと、男子生徒に道を譲った。
「ねえ、私、この人たちと話したいから、もうちょっと席外すね」
「どうぞ。っていうか、会長がいない方が作業もスムーズなんですよね」
「わかるー」
「うっさいわね。割り振る仕事増やすわよ」
「でた、暴君!」
生徒会室がやんやと騒がしい。けれどみな、花子さんを〈暴君〉だとか言うほど、イヤがっている様子はなかった。
「じゃあ、お話できるところ……あ、となりの部屋で良いね」
花子さんはそう言うと生徒会室の向こう側にあるもう一つのドアに手をかけた。こちら側が草太兄ちゃんの言っていた〈写真部〉の部室だろうか?
「そっちは写真部じゃないのかい?」
草太兄ちゃんもそう尋ねる。すると花子さんはニヤリと笑った。
「買収しました」
「え」
私たちの表情が同時に固まったのを見て、花子さんはお腹を抱えて笑いだした。
「冗談ですよ。別の部室を優遇しただけです。だから今ではこっちも生徒会室です」
そう言って花子さんはドアを押し開けた。
「話はとなりに丸聞こえですけど、ま、聞かれてマズい話はないですよね」
私たちを中に案内すると、花子さんは奥の窓際に置かれた一つだけ豪華なソファに座った。
「これは、生徒会長に許されている豪華なイスです。さすがに客人相手でも譲りません」
「たしかに、そんなイス、オレの時代にもあったなあ」
草太兄ちゃんも懐かしそうにうなずくと、近くの丸イスに腰かけた。すると花子さんが前のめりになって私の方をジロジロと見つめた。
「うん、やっぱり似てないわね。でも、いろいろ話がしたいわ。ただ残念なことに、あと三十分で会計の仕事がはじまる。そうしたらさすがに部外者は退出してもらわなきゃ」
草太兄ちゃんも「花子さんに会うのが目的だから。オレたちはもう、目的を果たしたよ」と笑っている。
「あら、そんなさびしいことは言わない約束よ。せっかくこうしてドッペルゲンガーもどきと会えたんだもの、少しぐらい話はさせてもらうわ」
ねえ? と花子さんは私にウィンクする。私はウィンクなんてしたことがない。
「私は、花子さんみたいに、すごくないです」
「なに? 唐突に。別に私だってすごかないわ」
けれど私は花子さんを見れば見るほど、まるで違う次元の自分を見せられているようで、胸が苦しくなっていった。私はそっと草太兄ちゃんのうでをつかんだ。それに気づいた草太兄ちゃんがアイコンタクトを送った――分かった、と。
「やっぱり、もう帰るよ。生徒会室が相変わらずの豪邸だって分かって、なんだか安心したし」と言って草太兄ちゃんは立ち上がった。私も一緒に立ち上がる。
「そう……」
花子さんはあからさまに残念そうな顔を見せた。その表情こそ、いつも現実に絶望している私の顔にそっくりだと思った。
「じゃあ校門まで送るわ」
「いや、大丈夫ですよ」
草太兄ちゃんがやんわりと断るが、花子さんは「いいえ、ついて行きます」と言って、本当に校門前まで着いてきた。
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