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旧道の杉並木の坂道を、二人の車は静かに登っていく。
「あっ、いい感じのお店がありますよ」
急に、菜穂子が明るい声で前方を指差した。
「甘酒茶屋だ。寄っていこう!」
救われたような気持ちで、山川が言う。
江戸時代、東海道を旅する人々が、箱根越えの途中に一服できるようにと営みを始めて以来、今も続く老舗の茶屋だ。
萱葺き屋根の建物の中は土間になっていて、木の切り株の椅子とテーブルが置かれている。
土間の中央では、ストーブの赤い炎が揺れ、薄暗い店内を照らしている。
二人は空いている席に並んで腰かけ、甘酒を二つ注文した。
「へぇ、いい雰囲気ですね。よく来るんですか?」
菜穂子は物珍しそうに店内を見回してから、山川に視線を向けて聞く。
「うん。月一回はね。この木の椅子に座って、店の中をボーッと眺めてると、落ち着くんだ。安らぐって言うか」
「ああ……なんか分かる気がします。温かいですもんね、ここって」
菜穂子はそんな言い方をした。そして、運ばれてきた湯呑みを両手で挟むように持ち、甘酒を熱そうにひと口すすってから、
「自然の物ばかりですね」
店内を見回しながら言う。
「自然の物?」
「そう。ほら、土に木、それに火。だから温かいんですね……」
甘酒をすする菜穂子が、穏やかに目を細める。
そんな彼女を見る山川の心も、ほっこりとした幸福感に満たされていた。
甘酒を飲み終え、茶屋を出発する。
少し走ると、間もなく湖が見えてきた。芦ノ湖だ。水面が春の光にきらめいている。
ふと箱根神社に行ってみたくなった山川は、ハンドルを切って、神社の駐車場に車を滑り込ませた。
初詣で賑わう場所だけに、駐車場は広い。
周囲を杉の大木に囲まれ、昼間なのに鬱蒼としている。
「うわぁっ、けっこう登るんですね!」
本殿への階段を見上げながら、菜穂子が目を丸くする。
「じゃ、上まで競走するか?」
「いやいやいやいや、私はいいです。山川さんどうぞ」
彼女は手を振ってから、その手を上の方へ向ける。
「えっ、冷たいね。じゃあ、しょうがない、やめてやるか」
「それがいいですって。山川さんも若くないんですから」
「こら!」
「ああっ、やめて下さい!」
殴る真似をする山川に、防御態勢の菜穂子。笑い合う二人を、観光客がチラッと見て通り過ぎていく。
二人はそれから、ゆっくりと階段を登る。
「ここが、かの有名な箱根神社かぁ……」
登り切ったところで、立派な社殿を目にした菜穂子が、軽く息を切らせながら言う。隣では山川も、
「あーっ、運動不足だな」
と息を弾ませる。それを見て、
「ほら、やめといて正解でしょ?」
彼女は笑った。
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