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48.紳士の嗜み side立花正義
「……はぁ」
女性は支度に時間がかかるから少し待ってた方が良いと言ったのに、様子を見てくると階段を駆け上がった鳥待の大きな声が聞こえ思わずため息が漏れる。
応戦したのは結衣ちゃんだろう。何か痛い所を突かれたのか、よく分からないが鳥待の大声だけが響く。……由緒正しい一条家がこんな形でいいのかな。
「お生憎様。私は生涯この一条家にメイドとして仕えると決めているのよ。つまり、私の相手はこの一条の屋敷そのものだわ」
3人の姿が見えた時、結衣ちゃんからはこの屋敷に仕える覚悟の発言が聞こえた。……というか、舞踏会用のドレスより簡素なものとは言えど、よく足元を見ないで階段をスタスタ降りられるな。
その後ろを柚子ちゃんが少し歩きにくそうにしている。手を差し出すべきだなと思った矢先、隣にいた望月が走り出す。望月に手を差し伸べられて、柚子ちゃんの手がそっと重なった。2人とも少し頬が赤い気がする。
「じゃあ、柚子ちゃんと望月は1番後ろで。助手席には鳥待。僕と結衣ちゃんがご当主様を真ん中にして2列目でお願いします。駐車場が混み合うみたいなので、送迎は深雪に頼んであります」
事前に決めておいた席次を発表して、みんなで車に乗り込む。
「なんでお前が俺の後ろなんだよ!立花と席替われ!」
「うるさいわね。レディーは助手席側に座るって決まりなのよ?知らないのかしら?……あぁ、気になる女性の好みも忘れちゃうんだもの、そんな決まりも忘れるわよね、修斗くんは」
出発して早々、結衣ちゃんと鳥待の戦いが早くも勃発した。普段冷静な結衣ちゃんがムキになって言い返すその姿は、心配症な父親を持つ思春期の娘みたいだ。多分口うるさいのが煩わしいんだろうな。止めに入ろうかと思ったけど、ご当主様が愉快でよろしいなと笑顔だったので放っておくことにした。
……僕が気になるのは、この2人よりーー後ろの席の2人だ。望月は柚子ちゃんに、体調の確認をしているようだが、多分柚子ちゃんはそれを聞いてほしいんじゃない。
淑女の嗜みとして、自分から身だしなみの感想を求めてはいけないのだ。気付け!望月ーー柚子ちゃんはお前に似合ってると言って欲しいんだと思うぞ。
いつになく静かで大人しい柚子ちゃんと、隣でいつも通り喋っている望月の様子を伺いながら、劇場のロータリーへと到着した。混み合っているので、到着順に車から降りて確認作業の上、入場するようだ。
降車直前にご当主様から指示が飛んだ。
「……結衣、柚子。どんな輩がいるか分からない。……家の者となるべく行動を共にするように。エスコートは、立花と望月に頼む事とする」
「畏まりました」
「はいっ!」
騎士団の若い子が近づいてきて、運転席から深雪が全員分の招待状を取り出した。
「俺はみんな降ろしたら帰ります~」
「分かりました。確認できたので、どうぞ中へお入りください」
運転席側の扉から、僕と望月が先に降りる。先に降りてくる結衣ちゃんにそっと手を差し出す。
「お手をどうぞ」
「ありがとうございます」
さっきまで鳥待と言い争っていた姿は何処へやら、佇まいは淑女そのものだ。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
結衣ちゃんのメイド長としての佇まいは気になるものの、後方を歩く望月と柚子ちゃんが気になる。あぁ、振り向きたいーーどうなっているんだろう。
「一条家の一条大雅です。本日はお招き頂きありがとう存じます」
受付でご当主様が挨拶しその後ろに続く。座席を案内され一度席に着いて周りを見回す。昨年来たけど本当に大きな場所だ。一条家に用意された席は2階席の2列目、1列前は王家の方々が座る。とんでもない緊張感だ。
「こんな良い席なん?」
「光くん!声大きいよ!」
僕の隣ではそんな2人のやり取りがある。望月、席もそうだけど……柚子ちゃんの服について言うことはないのか。ヤキモキするなぁ。
「……あのさ、光くん」
おいおい。柚子ちゃんがソワソワして待ちきれなくて、自分から聞きそうになっているぞ。あーもう!望月に似合ってるって先に言えって言っておけば良かった。
「柚子ちゃん!」
お!柚子ちゃんの話を遮ったぞ。これはこれは?
「その……。いつもとは違うけど、綺麗やな」
おぉ!望月!僕は心の中で拍手喝采だ。よく言った。……あれ?何かリアクションすると思ってた柚子ちゃんが黙っている?チラッと横目で彼女の表情を確認するとーーなんと!なんと!真っ赤になって俯いてしまった!え?え?
「ありがとう。えっと……あの、光くんもかっこいいね!」
ゆ、ゆ、ゆ、柚子ちゃんー!望月の方を向いてしまったので、僕から見えるのは彼女の背中となってしまったけど、その向こうで望月の顔が赤く染まるのが見えた。
普段は仲良しで少しうるさいくらいな話をしている2人が、お互い拙い言葉でぎこちない雰囲気になっているのを見て理解した。あぁ、想い合っているんだな。
執事長としてご当主様やメイド長である結衣ちゃんにも、このことを共有すべきだろう。そう思ったけれど、若い2人の恋路がそれで終わったら可哀想だし、まだどうなるかも分からない。楽しそうな雰囲気の2人を横目で見ながら、誰かに伝えるのは辞めることにした。想い合う2人を陰ながら応援することも、紳士の嗜みの1つだろうと思ったから。
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