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1.出会い、そして再会
窓の外の景色は、少しずつ懐かしい景色へと変わっていった。
ガタガタと揺れる汽車の中で、お姉ちゃんからの手紙を何度も読み返す。
思い返せばあっという間の3年間だった。修行先では幸いにも優しい人たちに恵まれて、まあそれなりにメイドとして成長できた、と思う。大雅くんが頑張ったねと褒めてくれるレベルくらいにはなっているだろう。修斗くんは口うるさいし細かいから褒めてはくれないだろうけど、きっと私が帰るのを心待ちにしているはず。育も庭師として立派に成長したのかなぁ。
ただ、手紙に書かれている新しい人というのは少し気になる。直々にお迎えに来てくれる執事長さんはどんな人なんだろう。優しい人がいいな。
「すみません。ここ、ええですか?」
頭上から降り注いだ低音に視線を移せば、私と同じように大きなトランクを持った人懐っこい笑顔の男性。この国では珍しい訛のある話し方だなぁ。なんて思いながら少し広げすぎていた自分の荷物をまとめ、どうぞと頷く。
ありがとうございます、と軽く頭を下げる彼も私と同じで修行先、もしくは自分のお屋敷に帰るのだろうか。座るなり白い封筒を取り出して中身を確認しているようだった。
トランクを引きずりながら改札を抜ける。相席していた男性もちょうど同じ駅で降りるとのことで「良かったら持ちましょか?」なんて声をかけてくれたけど、彼も彼で大荷物だったため丁重にお断りをした。
「よいしょっ…と」
人だかりを避け、道ゆく人の邪魔にならぬようにお姉ちゃんからの手紙を開く。
細身の眼鏡に、一条の赤い薔薇……。
キョロキョロと辺りを見渡すも、これだけ人が多いと見慣れた紋章がすぐに見つかるはずもなく。まして修斗くんがお迎えならまだしも初対面の男性、しかも眼鏡で細身というヒントだけで私が見つけ出せるはずもないのだ。
どうしたものかとため息を吐く。このままではお屋敷に帰れない。せっかくお姉ちゃんが好物を準備して待っていてくれるというのに。アクアパッツァかな、それとも鮭のムニエルかオムライスか。あぁ、お腹が空いた。
「−白川柚子さん?」
うんうん唸っている私の目の前に現れた細身に眼鏡の男性。その胸元には一条家の赤い薔薇の紋章が刺繍として施されていた。
お姉ちゃんの手紙に書いてあった特徴と全く同じ。つまり、この人が。
「立花、さん?」
首を傾げながら名前を呼んでみる。すると立花さんと思しき男性は柔らかい笑みを浮かべ、ぺこりと綺麗なお辞儀をしてみせた。
「初めまして、一条家執事長の立花正義と申します」
スマートだ。一連の動作がとてもスマート。さすがは一条家の執事長に抜擢されるだけのことはある。
「白川柚子です。よろしくお願い致します」
これは負けていられないとスカートの裾を持ち、片足を引いてもう一方の足を軽く曲げる。ばあや仕込みのお辞儀だけは学校の先生からも褒められてきた。
「よろしくお願いします。よかった、無事に合流できて」
すごい人集りだから見つかるか不安だったんだ、と先ほどに比べて砕けた話し方をする立花さん。穏やかそうだし、優しそう。修斗くんとは大違いだなぁ。お小言も言わなそうだしこれは大当たりの執事長さんかもしれない。
なんて考えていると、立花さんが辺りをキョロキョロと見回し始めた。
「どうかしました?」
「うん。実はあともう1人来るはずなんだけど……どこにいるかな」
柚子さんに聞いても分からないよね、ごめんね、と眉を下げて困り顔の立花さんに苦笑いを返す。
…もう1人いるなんて手紙には書いてなかった。お姉ちゃん書き忘れちゃったのかな。つまりは私とその人は同期ってことか。いや、でも私は幼少期を一条家で過ごしてきたわけだし、私の方が先輩か。一条家のこと、いろいろ教えてあげようっと。
立花さんに倣って辺りを見渡しながら考えていると、バタバタと足音が近付いてきた。
「すみません、遅くなりました!」
肩で息をし、額の汗を拭う茶髪の男性には見覚えがあった。
「一条家執事見習いとしてお世話になります。望月光です。よろしくお願いします」
ニコッと人懐っこい笑顔を浮かべるその人は、間違いなく車内で相席をした親切な男性だった。
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