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38.災④
騎士団の人が帰ったのは昼過ぎで、昼食の準備はいつも以上にバタバタしていた。王国の五大公爵家の1つが襲撃された事件は大きな騒ぎになっているらしい。様子を見に来た人たちが門の辺りにちらほら確認できる。
「1週間程度、全員の屋敷待機。及び、正門や裏門付近への立ち入りを禁止する」
大雅くんが昼食の席で言った言葉だ。まーた、お屋敷待機だ。街にクロワッサンを買いに行きたいのになぁ。
前回、お庭が燃やされた時もお屋敷待機だった。その時にいろんな場所の整理整頓とか、大掃除みたいなことをした。あれからそんなに月日も経っていないから、正直に言うとやる事がない。
何か仕事がないかとキッチンを覗くと、調理台に何冊もの帳簿を広げて真剣な顔をしているお姉ちゃんの姿が見えた。
「お姉ちゃんっ!何かやることあるー?」
「そうねぇ……。夕食の用意までは特に何もないのよ」
「ふぅーん。お姉ちゃんは何してるの?」
「……今回の修繕費についての検討よ」
騎士団の調査中に、修理の業者さんが何人か来ていたのを思い出した。これから立花さん達と検討するんだろうな、チラッと見た見積書に書かれた金額に目玉が飛び出そうになる。
「柚子、何していたらいいかなぁー?」
「そうね。夕食の準備までに戻ってきてくれれば、お部屋に行っていてもいいわよ?昨日からあんな騒ぎで疲れたでしょう。ゆっくり休んでいらっしゃい」
「はーい!」
休んでいいなら休ませて貰おう!そう言えばずっと気が張っていたし、少し疲れた気もする。2階の自室まであと少しーー光くんの部屋の前で足を止めた。大丈夫かな?今日はバタバタして、挨拶以外の会話をしていない。部屋にいるかいないかも、分からないけど……。
「心配だし声だけかけようかなっ……」
ふーっと息を吐き出して、光くんの部屋のドアを叩こうとしては、やめるーーを数回繰り返す。ノックをするだけで、こんなに緊張したことは人生で1度もない。よし!と再度気合を入れ直してドアを叩く。
「……はい」
随分と覇気のない声だ。ここは敢えて明るい声で返そう。
「柚子だよーっ!」
ガチャっと開いた光くんの部屋のドアーー青白い顔の光くんがそこから出てきた。思わず声のトーンを落とす。
「……顔色悪いけど、大丈夫?」
「さっき立花さんにも言われてん。そんなに……青白い?」
「うん……」
力なく笑う様子に、ますます心配の気持ちが大きくなる。
「実は……ちょっと前から頭痛がしてるんよ。なんや、いろいろあったら熱っぽくもなってきてしまってなーー心配かけてごめんな」
「そうだったんだ。……いろいろあったし、言いづらかったよね。柚子に出来ることあったら教えてね!お大事にね」
「……うん。ありがとう」
体調不良だったんだーー。立花さんからも、自室で休むように言われたようで今日は静養に努めるとのことだった。光くんにお見舞いの言葉をかけて自室に戻る。
バフっと音を立ててベッドに倒れ込む。体調不良じゃなくても、こんなに疲れる日は滅多にない。具合が悪ければ尚更だろうな。ゴロゴロして天井を見つめる。
「はぁー。お姉ちゃんなら、もっと気の利いたこと言えるんだろうなぁ」
幼い頃、体調を崩した私の世話を焼いていたお姉ちゃんの姿を思い出した。甲斐甲斐しくしてくれたけど、大人の男の人にしたらやりすぎだよなぁ。お屋敷の人は滅多に体調を崩さないし、修行先だった五十嵐家でもお嬢様が数回風邪をひいた程度だった。看病の仕方、体調不良の人への接し方……わかんないなぁ。
とりあえず、夕食の準備の時に消化に良さそうなものを用意してあげよう!……そんなことを考えながら眠気に誘われる。まだまだ災は続くなんて思ってもみなかった。
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