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51.観劇会③
ヒロインを演じている女優さんが素敵だ。所作も綺麗だし顔も可愛らしい、王女として国を守る覚悟と、1人の女性として、騎士に惹かれていく様子が丁寧に表現されている。主演を務める俳優さんも素敵だ。騎士として身分違いの想いに悩みながら、1人の男性として愛する女性を渡そうとしない覚悟を持つところを上手く演じている。
もし、自分だったら……国を守る為に自分を犠牲に出来るだろうか、好きな人を守る為にあんな風に戦えるだろうか。大事なものが多くなると、自分が強くならない限り守りきれなくなる。だから大事なものを増やしすぎたくはないなと改めて思う。
でも今はーー。隣に座る彼を大事にしたいと思う。この先どうなるか分からないけれど。
『私が国を守る為に出来ることは、隣国へ嫁ぐことなのです。何故、貴方にはそれが分からないのですか?』
『……隣国は貴女を嫁がせてもそうでなくても、必ず我が国を狙ってきます。貴女を人質に無理な要求をしてくる可能性もあります。ご理解ください、王女様。ーー僕は貴方も国も守る為にこの戦いへ挑むのです。』
舞台はクライマックスへ向かう。ここからが見せ場だ。
『貴方が大切だから。ーー失いたくないのです』
散々遠回りしたけど、王女様は結局のところこの騎士が好きなのだ。身分がきっかけで言い出せないだけで。それに対して騎士が答える。
『貴女の国を守り、貴女の想いに応え、貴女の元へ帰還します。この薔薇に誓って』
お姉ちゃんに聞いた話によると、この時に差し出される花は公演で異なるらしい。確か、メイド学校の時に見たのは花束だった気がする。
今日差し出されたのは、我が一条家の家紋でもある赤薔薇だった。
プロポーズの時に自分の家、若しくは自分の仕える家の花を渡す。それが伝統になったのは、このお話が広まったからだという。渡した騎士がどこの家の人かは分かっていないらしいから、公演ごとに花が変わるんだ。
いつか私も花を渡される日が来るだろうか。一条家は危ないことに巻き込まれることも多いから、私には他の家にお嫁に行って欲しい。そんな風にお姉ちゃんが思っていることを、私は薄々感じていた。結婚なんてしなくてもいいと思ってきた、政略結婚なら尚更だ。好きな人もそう簡単に出来ないと思っていた。でもーー。
「柚子ちゃん、これ」
溢れた涙に気づかなかった。光くんがそっとハンカチを差し出してくれるまでは。
「……ありがとう」
涙を拭いながら思った。いつか、この想いが通じたらその時は、庭に咲き誇る赤薔薇を一輪、彼から渡されてみたいなぁって。
舞台の幕が降りる時ふと目があった彼と笑い合ったのが今日最大の思い出になった。
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