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58.永い夜③
光くんのよく分からない質問に答え続けて、どのくらい時間が経っただろう。時計は……この位置から確認出来ない。
なんでこんな事を聞かれているのかも、私には分からない。
「光くん?あの……体調はどう?」
「俺の事はええ」
全然良くないんだけどな……。向かいに座る彼は疲れた顔をしている。
体調悪いならお部屋で休んで欲しいんだけどな。わざわざ夜に尋ねてくるくらいだから、遠回しで伝わってこないけど何か聞きたいことがあるのかな。
「……君は、いつからこの屋敷におるん?」
「一条家にってこと?」
彼が小さく頷いたように見えた。これまで、あまり生い立ちについては話してこなかった。時々出現する単語が気になったのかな。
「一条家には、お姉ちゃんがメイド学校に通う少し前に来たの。柚子は一条家の分家、一乃瀬家に仕えるお家の出身なんだ!柚子のお父さんとお母さんが、流行病で亡くなって。……まぁその時にどこもメイド不足になっちゃって、いろいろ調整があって2人でここにお世話になることになったって感じかな」
チラッと光くんを見ると、先程とあまり変わらない表情だった。私からしたら、今の説明は上出来だった気がする。それでも、彼の腑に落ちないのかーーまた沈黙が流れていた。
どれくらい静かな時が流れただろう。日付が変わる事を知らせる鐘の音が聞こえた。……光くんが何を知りたいのか、何を聞きたいのか、未だに分からないけど、私も明日は仕事だし、彼は体調不良だ。お互いに早く寝た方がいい。
「……光くん、柚子お茶でも淹れてくるよ。それでさ、もう今日は寝ようよ。お話はまた今度でも出来るよ!」
席を立って扉の方へ向かうと、光くんに手首を掴まれた。彼の指が食い込むほどにグッと握られて少し痛い。
「まだ終わっとらん。本当に聞きたいことはーー」
涙が溢れそうで、とてつもなく悲しそうな顔が目に入る。何がしたいのか、何が聞きたいのか。本当にって、今までの押し問答はなんだったのか、疑問が頭を駆け巡る。
「本当に聞きたいこと?」
そう聞き返すと、光くんの手が離れる。手首には、彼の手の跡がうっすらと残った。ここまで強く掴んで、私に聞きたいことってーー。少しだけ嫌な予感がする。この勘が当たらない事だけを今は祈る。
「柚子ちゃんは……」
その瞳を見つめて次の言葉を待つ。どうかこの先に紡がれる言葉が、私が1番聞かれたくないことではありませんようにーー。
「柚子ちゃんは、何者なん?」
「なに、もの?」
自分でも分かるくらい声が震えている。グッと手を強く握りしめて、自分の今の身分を名乗る。
「……柚子は、柚子は一条家のメイドだよ」
「そう……やな」
質問の答えになったのだろうか。そう言った光くんは、近くにあった椅子にその身を預けた。
良かったーーこれで終わり、また明日からはいつも通りに。さぁ今夜はもう布団に入ろう。そう思っていると光くんと目が合った、正気のないようなその瞳に自分が映っていた。嫌な予感がする。
「質問を変えるわ。……白川柚子、それは本名なん?いや、こう聞いた方がええか。ーー白川柚子をいつから名乗ってるん?」
……光くん唇から発せられたのは、私が1番聞かれたくないことだった。何と答えるのが正解なのか、答えないで黙っていた方がいいのか。とにかく、人を呼んだ脳方がいい。ーーお姉ちゃん達はまだ帰宅していないから、2階には私と光くんだけだ。あぁ、彼は今日この日を狙っていたのだろうか。
沈黙は再び彼の唇で破られる。
「今、答えなくてもええよ。一緒に来て?それか……ここで」
彼が左の胸ポケットに手を入れるのが見えた。脳内に危険信号が発せられる。とにかく部屋の外に出ないと……。ガチャっといつもより慌ただしく部屋のドアを開けて、真っ暗な廊下へ飛び出す。私を追いかけるように部屋を出る彼を見ると、その手には銀色のナイフが光っていた。
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