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『汝、月と戯れてはならぬ』
コガは椰子の木で作られた寝台の上で寝返りを打ち、少し前に見た月の民の女のことを頭から振り払おうと試みていた。神の言葉に背くなどもっての外だ。頭ではわかっているが月夜に佇む女の儚さがコガの琴線に触れた。不思議なほど心惹かれたのだ。神秘的で謎めいているのが良い。平和で活気溢れる太陽の民の生活は、順風満帆だがやや退屈であった。だからこそ、興味がそそられるのだろう。
「海が穏やかな夜ならばあちらの島へ渡れるだろうか」
思わず口からついて出た言葉に慌てて、そっと周りを警戒した。隣で寝ている妹の寝息が乱れていないことに安堵し目を閉じた。
言い伝えには理由があり、無意味なものなどないと考えられている。やたらと空気が重い時は漁に出てはいけないと言われているし、それを無視して出かけていった漁師が嵐に巻き込まれたなどという話は誰もが知っているところだ。
コガが知る限り、月の民と交流した者はいない。幼き日、転覆した舟にしがみついた月の民を見たが、新たな舟を与え、皆で潮目の変わる位置まで引っ張っていき月の民の地に戻してやったのを知っているだけだった。
その時に見た月の民は痩せた初老の男だった。月を思わせる琥珀の眼が鮮烈であった。コガたちは黒色に近い褐色であるから、まるで違うのだ。
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