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禁じられているから余計に焦がれるのだろうと言い聞かせていたある日、コガは小島に舟を止めて通り雨をやり過ごしていた。
よく晴れた空から落ちる雨粒はそう長くは降らないとわかっていたから、雨が止むのを入江にある洞窟でしばし岩に身を委ねて体を休めていた。近くにティアレがあるらしく、甘い匂いが漂っている。
雨が水面を叩き、風は僅かに小島を撫でていく。あまりの心地よさに目を瞑るとコガは太陽が自分の真上にいるというのに夢の国に引き寄せられていった。
コガはあと一年で嫁を娶る。それだけの力があるとみなされ、今は新居建てる手筈を整えていた。きっと、この何一つ障害のない人生が心の何処かで引っ掛かるのだ。夢にあの月の民が現れたのも刺激を欲してのこと。
「あの……起きて下さい。太陽の民の人」
カラッとした太陽の民の話し方とは違う、しっとりとした湿り気のある柔らかさ。
「死んではいないわよね……あの、起きて」
肩に充てられた温もりにコガは飛び起きた。
「月の民!」
お互いに目を見開いて見つめる。潮の行き来が何度も繰り返され、昔見た、あの琥珀色の眼。月の民は目の中にも月を携えていた。
我に変えると日は傾き始めていたが、月の民が活動するには早すぎることにコガは気が付いた。
「なぜ、海に出ている?」
二人が居るのはどちらの島からも離れており、潮目が変わる近くにあった。
「あなたの姿が小さく見えたから」
それはおかしな話だった。昼間に月の民が屋外に出ているなどありえないのだから。どちらの民でもない男が月の民の島に流れ着いた話を聞いたことがあった。人気がないから捨て置かれた村だと思ったら中に人が居たと驚いたらしい。
「月の民は昼間、外には出てはいないのだろう?」
「ええ、まぁ……そうなのだけど。夕暮れ時にあなたを見かけたことがあって、またこの辺りに来るのではないかと、その、えっと」
伏し目がちに言葉を探す女に、コガは思わず手を伸ばしてしまいそうになった。邪な気持ちを振り払うように立ち上がると、太陽が半ば海に姿を落としているのを見てしまった。
「まずい。帰らないと」
「え、ああ……そうね。太陽が沈むから」
気落ちした雰囲気を隠しもしない女に、コガはますます焦っていた。
「太陽の民には言い伝えがあって、月の民と必要以上に接触するのは駄目なんだ」
「月の民にもあるわ。でもそんなの古い言い伝えに過ぎないと思うの。なぜ太陽の民と話してはならないの? こんなに美しい人、私は見たこともない。ずっと会ってみたかったのに、なぜいけないのかしら」
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