11人が本棚に入れています
本棚に追加
人生最後の日
「それでは最後になります。いいですか? 力を抜いててくださいね・・・。少しチクッとしますよ」
私の左腕にそっと注射針が刺され、ゆっくりとピストンが押しこまれた。
もう後戻りできない。そう思った瞬間、全身から冷汗が吹き出した。自ら望んだ事だから悔んではいないが。
注射器の中身は筋弛緩剤――安楽死薬だ。数十秒後に私がこの世から消え、恐怖も何も感じなくなるまで、あと少し辛抱しよう。
私は他人事の冷静さを装い、医師の手許を、腕から針が引き抜かれゴムの駆血帯が外されるのを見ていた。
「楽にしててくださいねー。だんだん静かになって、すぐに何も無くなりますから」
小さな傷口を脱脂綿で押さえながら、医師が囁くように言った。
私は言われるままに目を閉じる。
よく死の直前には、人生の記憶が走馬燈のように現れると聞くが、そんなものは現れなかった。どうやら自動的に出てくるものではなかったらしい。
ならば仕方がない。この残された時間を使って、自分の意志で人生をふり返ってみよう。
最初のコメントを投稿しよう!