1978年 春

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1978年 春

桜が散ってしまうと、緑が急に濃くなってきたと感じる。 まだ風は少し冷たいが、陽射しも強くなり、五月の連休が待ち遠しい。 堀川冬馬(ほりかわとうま)はこの春高校三年生になった。 色白の頬が、すぐ上気して紅く染まる。最上級生にしては、少し幼い印象を与える少年だった。 放課後、新聞部の部室へ行こうと教室を出た。階段の手前まで来ると、すぐ脇の小部屋の扉が開いた。 「冬馬、そろそろ通る頃だと思ったよ」 声を掛けてきたのは、同じ三年で生徒会長の岩倉哲朗(いわくらてつろう)だ。 その部屋は生徒会室だった。 「今から部活か?」 「うん──今日は写真の整理しないと、次の号に間に合わないから。ケガでしばらく休んで、みんなに迷惑かけたしね」 冬馬は頷いてそう答えた。 「頭の包帯取れたんだな──ちょっと入れよ」 哲朗は冬馬の腕をぐいと掴んで、半ば強引に部屋の中へ引き入れた。 「何、どうしたの」 「ケガの具合はどうなんだ? ここ何日か一緒に帰れてないから、気になってたんだ」 心配そうな面持ちで尋ねる。眉の濃い、男らしい顔立ちだ。彫りの深い顔が、覗き込むように近付き、冬馬の胸はドキッと鳴った。 「ああ、あとガーゼだけ。ほら、だいぶ良くなったよ」 胸の高まりを悟られないよう、明るく言うと、冬馬は前髪を上げて、傷が回復していることを示した。  二週間前の雨の日に、この階段から落ちた。 階段脇の生徒会室から、急いで出てきた哲朗と鉢合わせしたのだった。 ぶつかりはしなかったが、避けようとして、足を滑らせた。雨で靴の底が濡れていたのだ。 冬馬は一度階段に倒れ、そのまま踊り場まで転がり落ちたのだった。 こめかみを切ったので、頭に包帯を巻くと言う、痛々しい姿になった。 哲朗に落ち度はないが、それ以来こうしてケガの経過を気にしているのだ。    包帯が右目に少しかかっていたので、片目では遠近感がわからない。 階段で足を踏み外しそうになるのが危ないと、哲朗は心配した。 その包帯がなくなった。 ガーゼは前髪に隠れて、ほとんど目立たない。 「よかったよ、この顔に傷がつかなくて……」 ほっとした様子で、哲朗は冬馬の髪に手を伸ばし、そのまま頬に触れた。 左目のすぐ下にほくろがある。 哲朗の指はそこを軽く撫でた。 思いがけないその仕草に、冬馬は思わず肩をすくめた。いつもより哲朗が自分との距離を狭めてくる。 「脇腹は? 打ったところは──?」 「うん……平気だよ。もう痛くないよ」 「見せて──」
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