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「桜子。ぜひ俺のためにこのドレスを着てくれないか」
桜子はかつての天音の言葉を思い出した。
『美しく着飾った桜子を見られないのがつらい』と。
そうだ。
今のわたくしは、天音のためだけに美しく装うことができるのだ。
「ええ、わかりました」
彼女が頷くと、天音は顔を綻ばせた。
「素敵な贈り物をありがとうございます」
「どういたしまして」
天音は少しおどけて、胸に手をあて、礼をした。
❀❀❀
「まあ、桜子さん。とてもお美しいわ」
坂上氏の奥さんは、春子の世話だけでなく、着替えも手伝ってくれた。
「このような服を着るのは久しぶりで、なんだか気恥ずかしいですけれど」
「いいえ、大変よくお似合いですよ」
そのとき、ドアをノックする音が響いた。
「支度はできた?」
「はい。どうぞ、お入りになって」
天音は待ちかねていたように、返事とほぼ同時にドアを開けた。
入ってきた彼の服装は、裾の長い、漆黒のテールコート。
はじめて見る、正装の天音は、あまりにも華麗で美しく、桜子は思わず息をのんだ。
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