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「でも、こうでもしなければ、人目がうるさくて、天音とゆっくりお話ができないもの」
彼はふうっと大きく息をつき、桜子を見つめた。
「もし旦那様に見つかりでもしたら」
「大丈夫よ。お父様、今夜はあちらのお宅にお出かけになっていらっしゃるし、お母様は宮西様の晩餐会にお出かけだから」
どう諭しても従いそうもない桜子の様子に、天音は小さくため息をもらすと、お仕着せの上着をさっと脱いで芝に敷き、桜子に座るように促した。
「ありがとう、天音」
「それで御用の向きは?」
「西洋式のダンスを教えていただきたいの。女中たちが噂していたわ。貴方、踊れるのでしょう?」
「桜子様こそ、女学校で教わっているのではないのですか」
「ええ。でも授業で教わることはまったく実践的ではありませんもの。中島侯爵の洋館お披露目の舞踏会にお招きいただいているのだけれど、自信がなくて。舞踏会のお招きは、はじめてだから」
もちろん、そんなことは口実。
天音とこうして言葉を交わしたくて、必死で考えた言い訳。
彼もきっとわかっている。
わかって、とぼけているのだ。
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