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女学校に入ったころから、お庭や屋敷の廊下でふと視線を感じると、そこには必ず天音がいた。
たとえ目が合っても、目を逸らすことはなく、じっと見つめてきた。
だから彼もわたくしとゆっくりお話しがしたいはず。
桜子はそう固く信じていた。
「天音はわたくしが侯爵様のお屋敷で恥をかいても構わないと思っているのね」
彼はもう一度、大きなため息をつき、顎に手をやり、下を向いた。
そのまましばらくの間、思案していたが、ようやく顔を上げて言った。
「まったく困ったお嬢様だな、貴女という方は」
その瞳に、かすかに共犯者めいた輝きが宿ったのを、桜子は見逃さなかった。
ああ、やはりさっき、忠告をしにきたなんて言ったのは建前だったのだ。
桜子はこれから起こる出来事への期待で、胸を躍らせた。
天音は胸の前で組んでいた腕をほどくと、桜子の手を取り、大樹の葉陰に導いた。
地面は平らで、草もまばらなので支障なく踊れそうだった。
天音は「では、御無礼を」と小声で囁き、左手を繋いで高く掲げ、右手は桜子の腰に回し、自分のほうへぐっと引き寄せた。
それだけで、桜子の心は経験したことがないほど、ときめいた。
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