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1 戴冠式
青空にからりとした風の気持ち良いこの善き日に、ビアズリー帝国の新帝王に任命されたカイ・ニールセンの戴冠式が行われる事になっている。
帝国の首都である惑星オーブリーだけでなく、ビアズリー人達の惑星は久しぶりの宴に皆酔いしれていた。
カイの兄で元帝王のアラステアは、今は"帝都システム"の役人として"殿下"の役職に就いておりすでにビアズリー人ではなくなっている。
アラステアの勇猛果敢な性格や能力の秀で方は帝王に相応しい風格を持ち合わせていたが、弟のカイは海洋生物を愛するオタクな青年にすぎなかった。
「なんで僕が…兄さまの代わりなんて無茶苦茶だ…」
こんな大切な日なのに、お付きの者達がなだめすかしても涙を堪えて特製イルカベッドから出て来ない。
そのうち誰かがそっとベッドに腰掛けて、優しく頭を撫でながらそのまま腕を背に回してすくっと抱き起こした。
お姫様抱っこされた形でびっくりしたカイだったが、それが誰か直ぐに分かって首に抱きついて涙を拭った。
「おはよう、カイくん」
耳を当てている胸から響く声は、カイの心を柔らかく奏でる音楽のように心地よい音色でほぐしていった。
「僕が見繕った式服だからね。抜群に格好良く仕上げてある。さぁ、一緒に行こう」
そう言ってルイ・カルデット総将はしなやかな細身の身体だがカイを抱きかかえたまま、支度部屋に消えたのだった。
ルイは元々敵対する"帝都人"であったが、両親から引き継いだ『エニグマ』を生来体内に宿しながらその異能を知らずに育った。
帝都に敗れた際に、カイによって『異能のエニグマ』を手にした今は立派に"ビアズリー人"として機能するカイを支える人物となっていた。
ルイが穏やかに励ましながら丁寧に着替えさせると、カイは新帝王に相応しい凛々しさを現しもう涙は見せずにしっかりと前を向けるようになっていた。
お気に入りぬいぐるみイルカ色のパステルブルーの式服は、小柄で色白なカイ青年に映え気品が漂っている。
「準備はできたか?カイくん」
心配して様子を見に来てカイを君付けで呼ぶもう一人は、ルイの親友でもありカイの同僚でもあるマナブ・ランドレフ総監だ。
カイが信頼を寄せるふたりが支えてくれる、そう思うと胸が熱くなる。
マナブは"帝都人"だが、彼の体内もまだ発現しない『異能のエニグマ』を宿している。
数奇な運命とはいえ、歩くべき道はきっと明るいはずだ。
「「大丈夫、カイくんは帝王に相応しいよ」」
ふたりが同じ台詞を吐いて、まったく…と言って苦笑いして言い合いしているが息はぴったり。
それに式典会場には、アイン博士という希代の天才も待っている。
「カイ帝王。お手をどうぞ」
そう言って微笑むルイ総将は、僕の最愛の人だ。
"イルカ"や兄さまと同じように、今できる精一杯で愛している者全てに報いたいと願う。
カイはその手を支えに、開かれた扉に向かって厳かに歩み出した。
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