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「あなたは、未来の色を信じますか?」
「え?」
会社近くのいつもの交差点。会社帰りに綾香は一人の男性に声を掛けられた。
その男性は、23歳の綾香より少し年下だろうか、白いワイシャツに紺のスラックスを穿いて、夏だというのに涼しい顔をして立っていた。
「あなたは、未来の色を信じますか?」
彼はにこやかに笑みをたたえながら繰り返した。綾香は背の高い彼に向き直る。
「未来の色ってなんですかねえ?」
普段ならこの類いのキャッチには完全スルーを決めこむ。が、今日ばかりは綾香は小首を傾げて彼に答えた。
彼は返事をしてもらえたことを喜ぶように瞳を輝かせた。それはそうだろう、こんな怪しい声掛けに答えてくれる人間はまばらだろう。それでも「いない」とは言えないのは、彼の整った容貌のせいだ。
「未来の色は未来の色ですよ」
彼は答えになっていないことをにこやかに言い放った。
「あなたの未来の色。知りたくないですか」
綾香はさらに首を傾げた。
「特に知りたくはないですが」
すると、彼は悲しそうに瞳を曇らせ肩を落とした。その表情がおかしくて、綾香は声を立てて笑った。
「嘘ですよう。教えてくれるんですか? わたしの未来の色ってやつを」
彼が先程とは打って変わって前のめりになった。
「はい! もちろんです。見えるんです、僕には」
彼は誇らしげに胸を張った。
夕方の人通りの多い交差点。他の通行人の目が気にならなくもなかったが、綾香は彼に先を促した。
「何色ですか、わたしの未来は」
すると、彼はすっと真顔になり目を細めた。
「神山綾香さん」
「ふえ?」
彼は何故か綾香の名前を知っていた。ストーカーかもしれないなと綾香は思った。
「あなたの10年後の色を教えて差し上げます」
彼は目を瞑る。そしてもったいぶった様子で両手を顔の前で合わせた。
「……見える、見えますよ、33歳のあなたの色が」
年齢も知っていた。これは本格的にストーカーかもしれない。
「ーースカイブルー!」
がばりと顔を上げて彼が叫んだ。歩行者信号は赤だった。通行人が数人、何事かとこちらを振り返った。そして、関わり合いになりたくないとでもいうように目を逸らした。
「スカイブルーですか。キレイな色ですね?」
綾香はにっこりと微笑む。すると、彼は大きく頷いた。
「はい。綺麗な色です。33歳のあなたは仕事も趣味も充実して、この夏空のように青く輝いています」
今は夕方なのでオレンジでは、と思ったが指摘しないでおいてあげた。
「しかし……」
彼は言いにくそうに言葉を濁した。
「伴侶には恵まれていないようです。これは残念ですが、でも、あなたの色はそれを補ってあまりあるスカイブルーです!」
彼は大空に向かって高らかに宣言した。
綾香は眉を寄せた。
「それは、合ってるようで合ってないですね」
彼は心外だというふうに口を曲げた。
「僕の言う未来が信じられないとでも?」
「そんなこと言ってませんよ?」
「でも、合ってないと」
彼はぶつぶつと呟いた。そんな拗ねてしまった彼は置いておいて綾香は目を閉じた。両手を顔の前で合わせる。
「見える、見えますよー」
そしてゆっくりと目を見開く。
彼は固唾を飲んでこちらを見守っていた。
「10年後はスカイブルーですねえ」
彼は大きく頷く。綾香は「では」と言い、再び目を閉じた。
「11年後のわたしの色はーー」
カッと目を見開く。
「薔薇色です!」
先程の彼に負けないくらい大きな声でそう叫ぶ。通行人が目を合わせないように通り過ぎていったのが目の端に見て取れた。
彼は気が抜けたように肩を落とした。「まあ、薔薇色という比喩表現がふさわしいくらいの幸せさではあります。結婚だけが幸せじゃありませんから」
「結婚、しますよ?」
綾香は胸を反らした。
「だって、わたしにはしっかりと見えるんですからねえ」
彼はハッとしたように目を見開いた。
「あ、そうか。僕の見えているのは10年後の色だから、11年後はまた違った色になると。そういう可能性はありますね」
綾香はゆっくりと頷いた。そして彼に向けてゆっくりと人差し指を指し示す。
「川本龍二くん」
彼はぎくりと肩を震わせた。
「な、なんで僕の名前……」
「大鳥小学校三年二組の龍二くん」
彼は目を見開いた。綾香はにっこりと微笑んだ。彼は首を振った。
「ち、違う。僕は今19歳で……」
「そうですねえ。『今』のあなたは19歳でしたね」
ゆっくりと綾香は訂正する。そしてふざけて敬礼をした。
「この交差点であなたを見かけた瞬間一目惚れしました!」
「ひ、ひとめぼれ?」
綾香は一歩前に出て彼に近づく。
「なのでちょっとストーキングさせていただきましたよ。君は、10年後の未来からやってきているね?」
彼は綾香が近づいた分だけ後ずさった。混乱しているようで顔が真っ赤だ。
「今9歳の龍二くん。君が成人するのが楽しみだなあ。お姉さんが迎えに行くから楽しみに待っててね」
おわり
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