章吾

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 セックスが終わっても、なつめはその場から逃げ出して家に帰ったりしなかった。多分なつめがそうしていたら、俺たちの関係はその場で終わっていたと思う。二度と口をきくこともなくなって、クラス替えかなんかを機に、顔も見ない仲になったと思う。  でも、なつめは帰らなかった。黙ったまま服を着るなつめの手は、確かに震えていたのに。  俺は震えるなつめの手を、ベッドに胡坐をかいて、じっと見ていた。それ以外、なにもできなかった。声さえかけられなかったし、ぴくりとも動けなかった。もし動いたら、なつめがその場から跡形もなく消えてしまうような気がして。  ジーンズと白いシャツを身に付け終わったなつめは、中島から借りたゲームが詰まった紙袋から、電車でGOを取出し、ベッドから降りるとゲーム機にセットし、いつものように床に直に腰を下してゲームを始めた。  単調なそのゲームを、俺はなつめの後ろに座ったまま眺めていた。  会話はなかった。なつめはダイヤどおりに電車を走らせ、停車位置にきっちり停車させた。  なつめ、と、何度か呼ぼうとした。でも、できなかった。なつめが、この方法で自分の気を落ち着かせようとしているのだと、長い付き合いで分かっていた。  謝るべきだと思ったけれど、どう謝ればいいのか分からなかった。  レイプしてごめん。  その言葉が頭の中に渦を巻いていたけれど、口には出せなかった。なつめのプライドを削り取るような気がして。  なつめが電車でGOをし、俺がそれを眺める。  それだけの時間が、随分長い間続いた。カーテン越しに、強い西日が射す。  この部屋は、西日が強い。色素が薄いなつめは強い日の光に弱く、西日が射すとゲームをいったん止めて、窓に背を向けて俺と馬鹿話をすることが多かった。でも今日のなつめは、ゲームを止めなかった。  やがて夕日が沈み、部屋の中が暗くなってきた。電気のリモコンは、ベッドの枕元に転がっていた。手を伸ばせば届く位置だったのに、俺にはそれを掴むことすらできなかった。  しばらく、真っ暗な部屋の中でなつめはゲームを続けた。  なつめの白い後ろ姿は、暗い部屋の中でもうっすらと発光して見えた。  そして、不意になつめが後ろ手に手を伸ばし、電気のリモコンを掴み、スイッチを押した。一気に部屋が強い光に包まれる。  「じゃあな。」  なつめが立ちあがりながら言った。いつもの挨拶だった。  「おう。」  俺も、いつものように返した。なつめは躊躇うことなく、いつもと同じ足取りで部屋を出て行った。  残された俺は、なつめがつけっぱなしにしていった電車でGOを一人でやった。退屈だった。俺はこの手のゲームが得意ではなかった。  そして、ゲームのコントローラーを放り出し、なつめのことを考えた。  思い浮かぶのはセックス中のなつめの姿ではなくて、暗い部屋の中で電車でGOをしていた、白いなつめの後姿だった。  
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