章吾

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 なつめは抵抗しなかった。ただじっと、俺が唇を離すまで動かなかった。  いちにいさん、と数えて三秒。俺がなつめを離すと、またなつめは漫画の世界に戻って行った。  俺はそんなにいつもの通りではいられなかった。そわそわして、じっとしていられない。漫画本を閉じたり、開いたり、腰を上げたり、下したり、髪を搔いてみたり、なつめの顔を横目で見てみたり。  しばらくすると、なつめが面倒臭そうに眉を寄せて漫画本を閉じた。  「なに、お前。」  「なにって……、」  「集中できない。帰れよ。」  「……。」  「なんなんだよ。」  「……怒って、ないのか?」  「なにに?」  呆れたようななつめの短い台詞。  俺はなんと言っていいのか分からず、ただなつめの顔を見ていた。滑らかな曲線で構成された、お母さんによく似たなつめの顔を。  するとなつめは、なにかを諦めたように長い息を吐いた。  「なかったことにしようとしてるんだけど。分からない?」  これまで俺が訊いたことのあるなつめの声で、最も冷たいそれだった。  俺は言葉が出てこなくて、酸欠の金魚みたいに口をぱくぱくさせた。  そんな俺を、なつめはしばらく無表情で眺めていた。なんとも言えない、重苦しい時間が流れた。  それを破ったのは、なつめの軽い笑い声だった。  「言葉出なくなると、いつもそれやるよな。」  笑われた俺は、ぱくぱくしていた口をぎゅっと一文字に結んだ。するとなつめは、ますます笑った。  そして、笑ったままの唇で言ったのだ。  「明日、お前んち行くよ。ゲームしようぜ。」  うん、と頷いた俺は、なつめの隣で漫画を読んだ。会話はなかったけれど、それはいつものことだった。  翌日、なつめは本当に俺の家にやってきた。いつものように昼飯を食い終わった時間に、ふらりと。  「よう。」  軽く片手を上げたなつめに、俺も同じ言葉を返した。そして階段を上がり、いつものように俺の部屋に入った。それから、いつもならテレビの前に座り込んでゲームを始めるところなのだけれど、俺たちはそうしなかった。  俺たちは、並んでベッドに腰掛けた。そして、なつめが黙ったままシャツを脱いだ。  俺はなつめの真意が分からず、その目を覗き込んだ。  なつめはふっと笑い、俺の目を見返した。目と目を合わせてみても、俺にはなつめがなにを考えているのか、全然分からなかった。  分からなくて、分からないまま、俺はなつめをベッドに押し倒した。  なつめは倒されるがままに倒され、俺の首に腕を回すと、キスをした。昨日のキスとは、違う味がした気がした。  そのまま俺となつめはセックスをした。それも、その日だけにとどまらず、夏休みの間、毎日のように。      
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