6. 最後の世

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「動け! 今動かなければ!」  私は箪笥の上で男の背中を見下ろしながら、なんとか身体を動かそうとしますが、木偶(でく)の私には簡単なことではありません。 「助けて! 母さん! 助けて! みお吉!」  突然、あなたは、昔猫の私につけてくれた名前を叫びました。  私は喜びと男への怒りで発奮し、『動け!』と心の中で強く念じました。    すると、アパート全体が揺れ、そのせいなのか、私自身が動いたからなのか定かではありませんが、私は箪笥の上から男の頭上へと落ちていきました。  男はその一撃で絶命しました。  警察の捜査であなたへの虐待が発覚。男の死は地震でこけしが落ちた事故と判断されました。  あなたは父親の元に引き取られ、私も一緒に元の家に戻りました。  なぜ記憶がないあなたが私の名を呼んだのか、それは今でもわかりません。 「三回の生まれ変わりは終わったな。どうだ、一緒に来るか」    新しい生活が落ち着いたある夜、異教の神が久しぶりに顔を見せました。 「できれば、このままこの子のそばにいたいです」  私は願いました。 「そうか。しかし役目を終えたお前は、だんだんこけしに同化して、ただの木偶になってしまうぞ」 「それでも構いません」 「それなら仕方がない。お前の忠義に免じ、連れて行くのは諦めよう」  異教の神は去りました。  私はこけし。  昔の記憶はだんだん薄れてきています。  けれども、私はあなたの幸せを祈り続けましょう。 〈了〉
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