0ココロダケ

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 あのね、おとうさんはにげちゃったんだ。  あのね、おかあさんはくるまにひかれて、ぐちゃぐちゃになっちゃったんだ。  ねえだして、ここからだして。  おそとがあぶないって、とっくにしっているわ。  にげたりしないから、おうちのなかだけ、  だから、ここからだして。  せまくてきたなくて、くさくて、こんなところにいてもつまらないわ。  だっこしてくれたおんなのこ、あれからぜんぜんきてくれない。  なでなでしてくれたおにいさん、あれからぜんぜんきてくれない。  そっとおでこにさわったおじさん、やっぱりぜんぜんきてくれない。  あいつらはわるいやつ、あいつらはこわいやつ。  だからだめ、ここにいなさい。  ここにいればしあわせ、ここにいればだいじょうぶ。  しわくちゃのかおをした、オニババがにたにたとわらって、わたしをだっこすると、きれいな、でも、いやなにおいのする、おへやにつれていく。  きたなくて、くさいおうちのなかで、ここだけはとてもきれいで、おもちゃがたくさんあるおへやだけど、いやなにおいがする。  おかあさんがきらっていた、ぐにゃぐにゃした、きたないこころのにおい。    だから、わたしはこのおへやも、すきじゃない。  おなかはずっとすいているし、のどもずっとかわいているのに、オニババはわたしをおいかけまわす。  おもちゃをもって、わたしをおいかけて、いうとおりにしろって、おしりとおなかをけったりする。  ねえ、きのうまでいた、まっしろで、やさしいおばちゃんはどこへいったの?  みんなおしえてくれないの、あんたはちいさいから、しらないほうがいいって。  でもね、わたし、こっそりきいちゃったんだ。  またうめられたんだ、かわいそうにって、おとなたちがはなすのを。
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