1 ヤスコさん①

1/9
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/173ページ

1 ヤスコさん①

 母親のヤスコさんが「保護猫ボランティア」をしているという北野唯さんは「猫はあまり好きじゃないけれど、母親は大嫌いです」と、ぎゅっと眉間にしわをよせて、低い声で言う。  もともとは怖い話の実体験についてのルポルタージュである「実話会談」を収集しているゆえに、専用のアドレスとしてフリーメールのアカウントを使用していたのだが、そこにメッセージを送ってきてくれた相手が、ほかならぬ唯さんだったのだ。  普段は実体験といえども玉石混合で、せっかく送付してきてくれた相手には申し訳ないが、いささか信ぴょう性にかける内容がその大半を占めている。    取材時にかかった飲食に関してはこちらでお支払いしますとは、ブログや、コミュニケーションアプリで掲示しているからだろうか、それを目当てに適当な話を送ってくる相手もいないわけではないし、ドタキャンも少なくない。     ましてや、今回のように自分から食指が動くことは、珍しい。  実体験を見て「ほう、それで詳細はどうだったのですか」と引用返信のメールで確認するスタイルがほとんどだったから、なおさらだ。    飲食も発生しないし、けちくさいかもしれないが「そこまでの相手ではない」とこちらから判断したうえでの行動にほかならない。  けれど、唯さんは違った。  彼女自身はもちろん、周囲の環境、とくに「家庭」に関して重苦しく、深くて暗いものを感じたからだ。  母親がだんだんとボランティア活動にのめりこむが、やり方に納得がいかない。  家庭環境がすさむにしたがい、妙な現象が増えていく。  猫に関することで、よく家族で言い争いになることもしばしばだが、妙な現象以外にも生きている人間の持つ「嫌な部分」がだんだんとあからさまになり、家をでるきっかけとなったそうだ。
/173ページ

最初のコメントを投稿しよう!