case3.真夏の夜の夢

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 ☻  花札で負け続け、缶チューハイを三缶開けたところまではかろうじて覚えている。そこから先の記憶は曖昧だ。  鬱蒼とした森の奥、男がシャベルを地面に突き立て、穴を掘っている。玉のような汗が頬を伝い、地面へと吸い込まれていく。昨晩見た夢と同じだとすぐに分かった。男の呼吸が荒いのは、消耗する体力のせいだけではない。興奮しているのだ。達成感と言い換えることもできるだろう。ついに彼は手に入れたのだ――そして、人の道を外れた。口元の笑みは隠しきれない。  大きなスーツケースのすぐ横に女が立っていた。髪を桃色に染めた女は押し黙ったまま、スーツケースを指さしている。男には女の姿が見えていないらしく、女に目を向ける様子はない。 「――みつけて」  女のくちびるが動いた。つう、と口元から鮮やかな赤がこぼれる。 「みつけて。わたし、ここにいるの」  桃色の髪を鮮血が滑り落ちる。男がスーツケースを穴の中へと移動させる際も、彼女の指はぴたりとケースを指している。 「みつけて。みつけて。みつけて。」  女のくちびるが動く度、口元が赤く色づく。ごぼごぼと口から血液を溢れさせ、女の虚ろな双眸がこちらをじっと見つめている。俺の背を冷たい汗が伝う。やっとのことで瞬きをすると、女の姿が消えた――いや、女は一瞬で俺の目と鼻の先に近づいていた。目の焦点がぶれ、再度女の姿をとらえる。視界いっぱいに女の白い顔が広がる。 「――――……ッ!」  声が出ない。  女は無機質な黒い瞳で俺を覗き込み、ゆっくりと口を開く。 「みみみみつつつけけけられるるるまででで、いいいっしょにににいいまましょううううう」  女の両手が俺の頬に触れようとした、その時。  どこからか、カチン、とメトロノームの音が聞こえた気がした。 「他人を巻き込むんじゃねえよ、ブス」  女が後方へよろめく。いつの間にか隣にいた樒が、女を蹴り飛ばしたのだ。驚く俺に樒はいつもの調子でにや、と笑い、女に向き直る。 「本当、そォいうの僕らには関係ないからさァ。当事者同士でやってくれない?」  ふらふらと立ち上がろうとする女の頭を鷲掴みにするように、左手を額に押し当てる。 『ご冥福をお祈りします』  女の身体が蛍のように小さな光の粒に分解される。そしてその光は引き寄せられるように、穴を埋める男の元へと戻って行った。男の周囲に漂う光を見つめながら、そういえば蛍は死者の魂であるという言い伝えを思い返していた。
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