やさしい時間

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 純子の死後、萌は地元の大学に入学した。純子は萌にきちんと勉強をすることを望んでいたから、大学に合格することは最後の親孝行だと思って必死に勉強した。そして入学と同時に公務員試験の勉強を始め、大学二年のときに試験に合格すると大学を中退した。  アメリカにいる叔父は、大学を卒業できる額を純子から預かっていると言ったが、萌は母の苦労を思うとそのお金を無駄に使いたくはなかった。勉強は母のためにしていたのだ。無事就職すると、叔父は萌の口座に純子の遺産を全額送金してくれた。  就職して1年目の冬、萌は体調を崩して仕事を休んだ。忙しくて生活が乱れていたし、買い物に行く暇もなくて家には何もなかった。萌はテーブルの上に転がっていたサプリメントを数錠飲んでベッドに横になった。  風邪なんてひくのは久しぶりだ。おかげで久しぶりにのんびりできた。これからは少しのんびり生きよう……一人で……  日がすっかり暮れて薄暗くなった部屋の天井を見上げていると、涙がすっと流れ落ちた。そのとき。 ――ピンポーン。  チャイムが鳴った。誰だろう、家を訪ねてくるような友達はいないし、宅配も頼んでいない。何かの勧誘だろうか。もう一度チャイムが鳴った。 ――ピンポーン。  萌はのっそりと部屋の壁に近づき、インターホンの受話器を取った。 「……はい」 「あ、あの、中村さん? 佐々木です」  低く優し気な声が聞こえた。同じ課の佐々木という20代半ばの男性だった。春に新人歓迎会があったとき、アパートの下まで送ってもらったことがあった。萌はあわててスウェットの袖で涙を拭った。 「佐々木さん? あの、ごめんなさい。ちょっと……顔が」 「顔? いいよいいよ、出てこなくて! 家に行ったりしていいかすごく悩んだんだけど、ずっと休んでるから心配で。食べ物とか薬とか大丈夫?」 「あ……」 「少し買ってきたからよかったら食べて。もちろん無理して食べなくてもいいから。ドアの横に置いておくね」 「……ありがとうございます」 「お大事に。じゃあ」  萌は手ぐしで髪をなでつけながら玄関へ行き、ドアを開けたが彼の姿はなかった。足元に白いビニール袋が置かれていて、リビングで中を見ると、プリンと菓子パン、オレンジジュースと水、それから市販の風邪薬が入っていた。  プリンは萌が週に一回、職場の昼休みに買って食べているものと同じだった。ひと口食べると、ほのかな甘さが身体にしみた。そして、一緒に入っていた水と一緒に薬を飲んだ。  彼が職場で真面目に仕事をしている姿を萌は思い出した。なにかと自分を気にかけてくれる、頼れる先輩だ。……おかしいな、薬を飲んだのに顔が熱くなってきた。ベッドに入って目を閉じると、人の良さそうな彼の笑顔が脳裏に浮かんだ。とにかく職場に戻ったらちゃんとお礼を言おう。萌は布団を抱きしめながら眠りについた。 *The end*
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