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ぼくは別に彼氏なんかじゃありません。
少し前のことだった。冴月と一緒に駅前通りを歩いていた。断っておくけれど、強引につき合わされたんだ。ぼくの希望じゃない。
絶対関わりたくない雰囲気の男子高校生四人のグループが、大声で冴月に声かけてきた。
「好きになっちゃったぜ」
「かーわいい!」
「こっちに乗り換えろよ」
ぼくの本能は、関わり合いになるとろくなことにならないと直感していた。
冴月の手を握りそこから離れようと歩き出したけど、すぐにグループのひとりがぼくの襟首を摑み、
「さえない彼氏は、ひっこんでな」
とタバコ臭い口を近づけて言った。
ぼくは本当は、
「待ってくれ!ぼくは彼氏じゃない。婚約者でもない。全くの無関係なんだ」
と言いたかった。けれども後々の運命を考えると恐ろしくて口になんか出せない。
「やめてください。彼女に手を出さないで」
とすがるように頼んだ。
何で冴月をかばったかといえば、後で起きることが怖かったからだ!
そしてそれは現実に起きてしまった。
「洋ちゃんに何するんだ」
冴月の大声が聞こえたかと思うと、その高校生はもうぼくの前にはいなかった。
二十メートルくらい離れたところで、白目を剥いて倒れていた。そばにいた別の高校生が、すぐに彼と運命を共にした。
ふたりの悲惨な姿を見た残りのふたりが、ガタガタ震えだし、
「やばい!マッドキャットだ」
追試確実。ジャパニーズ・イングリッシュの発音で冴月を呼んだ。
ふたりは悲鳴をあげて逃げ出したが、すぐに冴月に捕まり、同じような末路をたどった。
ぼくは冴月の手を握ってそこから逃げ出した。ぼくらの家の近くまで逃げて、やっとホッとして立ち止まった。
冴月は、
「洋ちゃんがわたしをかばってくれた。ありがとう。でも何があっても、わたしといれば平気だから心配しないで」
そう言ってぼくをハグして頬ずりしたが、これからのことを考えると、ものすごく気が重くなった。
翌日になって学校に警察が来た。冴月は朝から姿を見せてなかったため、ぼくが呼び出された。
ぼくはしかたなく、冴月がぼくを助けるためにやった正当防衛だと、まるまる一時間かけて、必死に力説した。
「やられた相手の方が悪いとは思うが、ちょっとやりすぎじゃなかったかね」
と警察官は苦い顔してたが、よく聞くと叩きのめされた男子たちは冴月を恐れ、
「何も知らない。分らない。喧嘩なんかしてない。ぶつかって転んだだけです」
「フェイクじゃないです」
「ぼくたちいい子です」
と恐怖に引きつった顔で繰り返すばかりだったという。
結局、目撃者の証言があったため、一応、調べには来たものの肝心の冴月はおらず、相手は暴力を振るわれたこと自体、否定するので引き揚げてしまった。学校もこれでは冴月を処分することができない。
はずれくじを引いたのは、駅前に無理やりつき合わされ、暴力事件に巻き込まれ、長時間、警察の事情聴取を受けたぼくひとりだった。
野田先生からは、
「お前には大きな責任がある。内申書にも影響が出ることを忘れるな」
と通告された。
それから四人の男子生徒のことなんだけれど。ヤンキーの仲間からは、
「マッドキャットが婚約者の命令で、あの四人を追っている」
「あいつらのそばにいると、巻き込まれて殺される」
「半径百m以内に近寄るな」
と相手にされなくなり結局、
「ぼくたち、フツーの男子生徒に戻りまーす」
と宣言し、優等生になったと遠山くんから聞いた。
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