ぼくは別に彼氏なんかじゃありません。

1/1
前へ
/35ページ
次へ

ぼくは別に彼氏なんかじゃありません。

 少し前のことだった。冴月と一緒に駅前通りを歩いていた。断っておくけれど、強引につき合わされたんだ。ぼくの希望じゃない。  絶対関わりたくない雰囲気の男子高校生四人のグループが、大声で冴月に声かけてきた。  「好きになっちゃったぜ」  「かーわいい!」  「こっちに乗り換えろよ」  ぼくの本能は、関わり合いになるとろくなことにならないと直感していた。  冴月の手を握りそこから離れようと歩き出したけど、すぐにグループのひとりがぼくの襟首を摑み、 「さえない彼氏は、ひっこんでな」 とタバコ臭い口を近づけて言った。  ぼくは本当は、 「待ってくれ!ぼくは彼氏じゃない。婚約者でもない。全くの無関係なんだ」 と言いたかった。けれども後々の運命を考えると恐ろしくて口になんか出せない。 「やめてください。彼女に手を出さないで」 とすがるように頼んだ。  何で冴月をかばったかといえば、後で起きることが怖かったからだ!  そしてそれは現実に起きてしまった。 「洋ちゃんに何するんだ」  冴月の大声が聞こえたかと思うと、その高校生はもうぼくの前にはいなかった。  二十メートルくらい離れたところで、白目を剥いて倒れていた。そばにいた別の高校生が、すぐに彼と運命を共にした。  ふたりの悲惨な姿を見た残りのふたりが、ガタガタ震えだし、 「やばい!マッドキャットだ」  追試確実。ジャパニーズ・イングリッシュの発音で冴月を呼んだ。  ふたりは悲鳴をあげて逃げ出したが、すぐに冴月に捕まり、同じような末路をたどった。   ぼくは冴月の手を握ってそこから逃げ出した。ぼくらの家の近くまで逃げて、やっとホッとして立ち止まった。  冴月は、 「洋ちゃんがわたしをかばってくれた。ありがとう。でも何があっても、わたしといれば平気だから心配しないで」  そう言ってぼくをハグして頬ずりしたが、これからのことを考えると、ものすごく気が重くなった。   翌日になって学校に警察が来た。冴月は朝から姿を見せてなかったため、ぼくが呼び出された。  ぼくはしかたなく、冴月がぼくを助けるためにやった正当防衛だと、まるまる一時間かけて、必死に力説した。 「やられた相手の方が悪いとは思うが、ちょっとやりすぎじゃなかったかね」 と警察官は苦い顔してたが、よく聞くと叩きのめされた男子たちは冴月を恐れ、 「何も知らない。分らない。喧嘩なんかしてない。ぶつかって転んだだけです」 「フェイクじゃないです」 「ぼくたちいい子です」 と恐怖に引きつった顔で繰り返すばかりだったという。  結局、目撃者の証言があったため、一応、調べには来たものの肝心の冴月はおらず、相手は暴力を振るわれたこと自体、否定するので引き揚げてしまった。学校もこれでは冴月を処分することができない。  はずれくじを引いたのは、駅前に無理やりつき合わされ、暴力事件に巻き込まれ、長時間、警察の事情聴取を受けたぼくひとりだった。  野田先生からは、 「お前には大きな責任がある。内申書にも影響が出ることを忘れるな」 と通告された。  それから四人の男子生徒のことなんだけれど。ヤンキーの仲間からは、 「マッドキャットが婚約者の命令で、あの四人を追っている」 「あいつらのそばにいると、巻き込まれて殺される」 「半径百m以内に近寄るな」 と相手にされなくなり結局、 「ぼくたち、フツーの男子生徒に戻りまーす」 と宣言し、優等生になったと遠山くんから聞いた。  
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加