あきらめてクラス委員選挙

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あきらめてクラス委員選挙

 学校に着くと冴月は、 「まったね~」 と陽気に笑って姿を消した。  ぼくは、しばらく彼女に会いたくなんかないと思いながらクラスに入った。  泉先生が婚約者だという事実が分かった以上、「冴月の黒幕」とか悪意に満ちたフェイクが広まるのが恐ろしい。  一時間目のホームルームの時間。ぼくの「婚約者」の泉先生が教壇に立つ。  教室には、昨日までとは違った目で先生を見つめているぼくがいた。 「みなさん。今日は後期のクラス委員を決めたいと思います。だれかクラス委員に立候補する人はいますか?」  生徒たちが一斉に、ひとりの生徒に顔を向けた。  成績優秀。スポーツ万能。クラスのまとめ役。そしてイケメン。  前期もクラス委員を務めた白鳥湖蘭(しらとりこらん)くんだった。  白鳥くんは、しょうがないなといった表情で髪をかきわけ、大きく高く手を上げた。誰も異義はないはずだ。いつもならこれで白鳥くんクラス委員に決まって、副委員や書記を誰にするか話し合う。  だがぼくは泉先生の婚約者だ。今までのぼくとはちがうんだ。  ぼくも負けずに、大きく高く手を上げようと思った。正直、恥ずかしかった。けれども教壇に立つ先生を見ていたら勇気が沸いてきた。  泉先生は婚約者のぼくがどんな態度をとるか、心の目で見つめているに違いないんだ。  サッと手を上げたぼくを見て、クラスメイトたちがポカンとした。  泉先生はニコニコ笑いながら言った。 「松山くん、立候補するのね」 「はいっ」  ぼくは、心の中では大声でキッパリと答えていた。現実には小さな声でよく聞こえなかったみたいだ。ぼくは自分の顔が、ハワイの砂浜に立つみたいにむちゃくちゃ熱かった。クラス中が墓場のようにシーンと静まり返ったかと思うと、すぐに大きなざわめきに変わった。 「どうしたんだ。洋介!」 「一体、あいつ、何があったんだ?」 「松山君。おじいさんが亡くなったそうだけど、悲しくて頭がおかしくなったんじゃない?」 「ちょっとは、自分のクラスでの立場を考えて欲しいな」 「あいつ、ぼっちだし、自分のクラスカースト知らねえんじゃないのか」 「誰があいつに投票するんだ?」 「恥ずかしいやつだな。バ~カ」    みんな勝手なこと言ってる。陰キャラでクラスでカーストの底辺にいるこのぼくがクラス委員になるのはは、クラスメイトにとっては絶対許されないことみたい……。  ふと見たら、白鳥くんが不機嫌な顔で腕を組んでいる。 「今からでもおそくないぞ。立候補取り消せよ」 「手を下げろ、オイ」 「下げろ」 「下げろ」  クラス中に響く「下げろ」の大合唱。僕は思わず立候補の挙手を下げてしまうところだった。  そのときだった。「下げろ」の大合唱が……  一瞬で消えた。  「何で手を下げるんだ」  クラス中に大声が響き渡る。それまで勝手なこと言ってたクラスメートたちがみんな口にチャックした。  気の弱い生徒は今叫んだことを聞かれてなかったかどうか、病気になるくらい心配しているのが分かる。  冴月がドアのところに立っていた。真っ赤なリンゴを丸かじりしている。そして後ろには、冴月を神のように敬うヤンキーの女子生徒が五人。 「立候補したい人間は誰でもしていいんだよ。それが学校のルールだろう」  冴月はそう言うと、鞄を床に叩きつけた。 「お前らサ。オレがルール守らないとか、陰でこそこそ言ってるけどな。みんなどうなんだ。何で洋ちゃんに文句つけんだ」  冴月に言われると、誰も何も反論できず下を向いた。冴月がひとりの生徒に目を向ける。  ぼくに向かって「手を下げろ、オイ」と叫んだ伊藤くんだった。 「伊藤」  伊藤くんは下を向いたままだった。 「『手を下げろ』ってどういうことだ。テメー、クラスのルール知らないのか。どうなんだ、オイ。顔上げろよ」  伊藤くんが怯えた表情を冴月に見せる。  グチャッ  鈍い音。つぶれたリンゴが教室の床に四散する。伊藤くんが顔面を押さえてうめいている。 「どうした? テメー、死にたいんだろう。なあ」  冴月が笑っている。教室の中が一瞬で凍りついた。 「相羽さん」  泉先生が声をかける。 「相羽さんの言う通りよ。ただし相羽さん」  泉先生が冴月の前に立つ。 「始業時間までに学校に来るのも立派なルールよ。クラスメイトにリンゴをぶつけるのは間違いなくルール違反。分かった?」  冴月は大きく深呼吸した。 「クラス委員は洋ちゃんに決まった。オレの言うことに反対なら、伊藤と一緒にオレのとこ来いよ」  冴月はクラスメイトを見回す。どこからも反論の言葉は出ない。 「相羽さん、座って!」  泉先生がそう呼びかける。冴月がニヤリと大きな口を開けた。 「白鳥」  冴月の言葉に、白鳥が緊張した表情を向ける。 「またな」  冴月は、サッサと教室から離れていった。  泉先生は教壇に戻って、今までの緊張をほぐすようにニッコリ笑った。 「来週の月曜日、ホームルームの時間に投票しましょう。それまで誰に入れるかよく考えて。他に立候補する人はいませんか?いませんね。じゃあ、今度のホームルームの時間にね」  ちょうど終業のベルが鳴った。
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