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遺言のサプライズ
ぼくは大きく深呼吸。それから遺言状を出してみた。四百字詰めの原稿用紙に鉛筆で書かれていた。すごく読みにくかったけど、何とか少しずつ読むことができた。ぼくの顔はだんだん赤くなっていった。ぼくは祖父からの手紙をメモ帳に書き写してみた。
〈洋介へ
私からの最後の言葉だ。どうか、驚かないで欲しい。
お前に遺す遺産はない。
あえて言うなら、勇気と正義を愛する心だ。この言葉を可愛い孫に贈ろうじゃないか。
そしてもうひとつ。
驚かないで聞いてくれ!
実はお前には、婚約者がいるのだ。
お前もよく知ってる人だ。
それは、泉先生だ。
どうか驚かないでくれ。泉先生がお前の婚約者なのだ。
随分前になるが、私と泉先生の両親とで約束したのだ。泉先生が今、お前の学校にいると聞いて、私も驚いている。
あゝ何という偶然だろう。
泉先生はもちろんそのことは知っているが、わざと何も言わず黙っている。実はそのときが来るまでは、お前には黙っておくことになっているのだ。
だから本当はお前にそれを話すのは早すぎるのだ。
だがお前の様子を聞いて、どうしても最後に伝えなければと思った。
私はお前に、泉先生の婚約者として早く立派な人間になって欲しいのだ。
泉先生は婚約者として、お前の様子をじっと見つめている。
だからこの文章をお前に残す。
洋介!
私からの最後の言葉だ。
がんばれ!〉
そのときの僕って……。つまり、そのときのぼくはというと、夜が朝になって、0点が百点になったぐらいびっくりしてたんだ。
こんなことって、こんなことってあるのかしら?
ぼくの頭の中は、担任の早乙女泉先生のことでいっぱいになった。
セミロングの髪の下に知的な美貌。白のブラウスに青のスカート、白のソックスがピッタリ似合う。背は高くて明るく優しく美しく、授業の合間にはクラスのみんなの会話に加わってくれる。
そしてしめる時はキッチリ引きしめる。
クラスのみんなからの信頼だって大きい。もちろんぼくだって……。
実は何となく、ぼくのこと気にかけているような気がしてたんだ。
そうか、アハハハ。気のせいじゃなかったんだ。
泉先生が、ぼくの婚約者だったんだ。そういえば泉先生のお父さんは、俳優だったと聞いたことがある。ぼくの母方の祖父と先生のお父さんが知り合いでもぜんぜんおかしくないじゃないか。
すぐに泉先生に会いにいきたいくらい嬉しくなった。早く学校に行きたい。
今はぼくに黙っておくというのは、結婚できる十八歳になるまで待つということだろう。
祖父が亡くなったのは悲しいけど、思いがけない祖父からの遺言に、ドキドキウキウキした気分を押さえられくなってしまった。
ぼくは祖父の遺言を何度も口に出して読んだ。
「私はお前に、泉先生の婚約者として早く立派な人間になってほしいと願っている。だからこの文章をお前に残す」
おじいちゃん!安心してください。ぼくは泉先生が、
「さすが婚約者!」
と心から喜んでくれるような高校二年生になります。
ぼくは、祖父の遺影に目を向けた。
「洋介。わたしがいなくなっても頑張るんだぞ」
と励ましてくれているように見えた。
そして次の瞬間。
何ということだ。ぼくを励ましてくれるはずの遺影が仏壇から落ちた。
ワワワッ、そんな~。
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