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冴月とぼくの黒歴史②
ぼくは一方的な宣言に驚いたものの、
「またジョークやめてよ」
なんて笑いながら言う勇気はぜんぜんなかった。
そのとき、冴月のスマホが振動した。冴月はハッとしたようにスマホを手にする。
「待ってて」
そう言い残して立ち去った。。
ぼくがボンヤリと道端に立っていたときだった。
イヤな人間に会ってしまった。すぐに腕力を振るう三人のクラスメイトだった。僕は冴月と距離を置くようにしていたから、冴月との関係を知らない生徒は多い。
「よお、松山。いいとこで会った」
高橋という生徒が薄笑いを浮かべて近づいてきた。
「これ見ろよ」
高橋が、メモ帳の頁を開いて見せた。「上納」と、へたくそな字で書いてあった。
「『国語』で習ったんだ」
それくらいは知ってるけど、いつも授業を崩壊させてる張本人が、どうしてこんなむずかしそうな言葉を知ってたのかと不思議に思った。
原という柔道部の生徒が、メモ帳の文字を指さした。
「お前の小遣い上納してくれよ」
「早くしろ!」
「最低三千円。上限はないからな」
ぼくが彼らにおびえる必要はまったくなかった。
悲鳴と共に、三人が転がった。高橋は腕の骨が折られたらしく、ギャーギャー泣き叫んでいた。原が膝を押さえながら、
「助けて」
とあえいでいた。
「お前らが上納するんだよ」
冴月が三人を見回した。
「早くしろ。最低五千円。上限はないからな」
おびえてるのは三人の方だった。
「そういえば、この前、良子に何した? ハーフで何が悪いんだ? 何であの子がテメエらなんかに文句言われ、小遣い払わなきゃなんないんだ?」
冴月が一歩、前に進み出る。
「ちょうどよかったな。教えろよ!」
冴月は高橋の腕を踏みつけた。気持ちの悪い叫び声が響いた。
三分後には冴月は、まきあげたお金を計算してた。三人は泣き叫びながら立ち去り、その後、二度と学校に現れることはなかった。今も消息不明である。
冴月はお金をしまうと、高橋から取り上げたメモ帳をヒラヒラさせた。
「メモ帳、こっちの手に入ったから、今さら先生に助けてもらうこともできないだろうな。いろいろ面白いこと書いてある」
そう言ってから、ぼくの方に顔を向けた。
「話。途中だったよね」
そう言ってニッコリ笑った。
「わたしたち、結婚するんだ! そういう運命なんだからね」
ぼくは絶対断ろうと思っていた。本当なんだ。
だけど偶然、ぼくらのそばを、ぼくよりは年上でイケメンの男子が通りかかった。すぐ誰だか分った。
進学校で知られる春日高校二年の水本という生徒だった。友だちの遠山くんから聞かされたけど、次々と女子に手を出しては責任取らないんだそうだ。うちの中学でも被害者が続出しているという。
「あいつは人間じゃない。絶対、許せないヤツだ。自分ひとりだけ楽しんで、オレたちのことはそれでいいのか」
って遠山くんは言ってたけど、あんまり正義感は感じられなかった。
冴月がハッとしたように、水本に向かって声をかけた。
「オイ!」
水本は、
「何だ。てめえ」
と言いながら、こっちを向いた。
すぐに顔面が恐怖に引きつった。ポケットから財布を取り出し、深々と頭を下げて冴月に上納すると全力疾走で消え去った。
その後、水本は托鉢僧になったとも、四国を巡るお遍路の中に、そのやつれた姿を見た者がいるともいう。
ぼくは言いたい。
そのとき、ぼくはひとりだった。このシチュエーションで、どうして断りの言葉が出て来るだろうか!だれだって自分の生命は惜しいんだ。
「手間が省けた」
冴月はそう言ってお金をポケットにしまった。
「あの子たちの慰謝料には少なすぎるけど……」
そうそっけなくつぶやいている。
ぼくはこの場からこっそり逃げ出せないかと真剣に考えた。
だけどぼくって、冴月とかけっこしたとき、一回も勝てなかったんだ。ふたりでオニごっこしたときも、すぐ冴月に捕まってた。
「洋くんはもちろんいいよね」
「はい」
ぼくは条件反射で、すぐにそう答えていた。しかたなかった。
「わたしたち、婚約者だよ」
冴月はニコニコしてぼくと腕を組んだ。
「わたしがずっと洋くんを守るんだ。洋くん、安心してね。誰も君に手は出させない」
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