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 アカツキ製薬よ、俺の言うことを聞いていれば、こんな酷いことにはならなかった。俺の合理的な経営計画案を取り入れれば利益が上がったはずだ。俺に会社の実情をちゃんと開示してくれれば品質不正で問題になる前に予防できた。問題発覚後すぐに社長の記者会見を開いて釈明すれば、支援の声がもっと起きたはずなのに。  アカツキ製薬は俺をコンサルに迎える時は歓迎してくれた。社長自ら俺と話し、幹部たちにも全面的に協力させると言っていたくせに、結局彼らは、俺のようなよそ者の言うことは何一つ聞いてくれなかった。  一歩踏み込むと必ず壁にぶち当たる。口では、どうぞと言いながら、それ以上踏み込ませない。会社のそんな閉鎖性は、慎也の中で一人の男の顔に凝集していた。  社長室長・高崎源次。あいつは何か秘密を握っている。俺の話をよく聞き理解しながら、何一つ実行しなかった。俺の成功を邪魔する奴は、敵だ。アカツキ製薬から離れる前に、奴に復讐したい。  三月の金曜日、玉村慎也はアカツキ製薬にいた。フロアには誰もいない。日が傾いている。あらかたの片づけは終わった。 「玉村さんの持ち物はこちらで箱詰めして、東京へ送りますよ」  会社に来る前に、ビデオ通話で高崎室長は言った。 「コロナ感染防止のため、不要不急の県境を越えた移動はご遠慮いただいています」  高崎の慇懃無礼な態度に腹は立ったが、頼みこんで会社に入れてもらった。自分の資料は誰にも触らせたくない。秘密がバレることは避けたかった。  ドアをノックする音がして、前橋いつきが入ってきた。マスクをして顔の下半分が隠れると、他の女子社員と区別がつかない。 彼女は入社二年目ながら、社内プロジェクトのメンバーだ。そのプロジェクトのオブザーバーが高崎室長だ。彼女から高崎の情報を引き出せるかもしれない。 「《天びん秤》さんのこと、何かわかりましたか?」
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