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 二メートルのソーシャルディスタンスを保ちながら、いつきは声をかけてきた。慎也もマスクはしている。そんなにコロナが怖いのか。東京から来た俺が怖いのか。 「済まない。まだ調査中なんだ」  と答えると、いつきの肩が落ちた。切り札を出すのはまだ早い。間髪を入れず次の言葉を繰り出す。 「でも、手がかりはつかめると思う」  いつきの顔が上がり、瞳が輝いた。まず悪い知らせで相手を落胆させてから、救いの手を差し伸べる。これも人を操るコツだ。  慎也が何も言わずに片づけを続けると、いつきも書類を段ボールに詰めだした。 「自分でやるから、いいよ」  片づけだしたいつきを制しようと、慎也が近寄って手を伸ばすと、いつきは慌てて手を引っ込めた。いつきが俯く。慎也はほくそ笑んだ。 「何かしていないと、手持ち無沙汰で」 「もっと詳しく話を聞きたい」  いつきは、棚から書類のファイルを下ろす作業をやめて話し出した。 「ボクは中二の頃、毎日死にたいと思っていました。誰からも無視されて、キモいと言われて」  俺と同じだ。慎也は驚いた。平凡な女子社員だと思っていた。初めて会った時も笑っていた。彼女にそんな過去があったなんてーー 「つらくて死ぬことばかり考えていた時に、SNSで《天びん秤》さんが話しかけてくれたんです」 「どんなことを?」 「死にたい人はもっと良く生きたい人だ。ただ今の自分が嫌いなだけだ、とか。だからボクは、自分を好きになろう、と頑張っているんです」  そんな言葉で、かわいそうに。慎也の胸が熱くなる。 「憎くはないか?」 「憎い?」 「そう。君はプロジェクト頑張っていた。会社を良くしようとしていた。なのに、その成果を実現するチャンスも与えられないうちに、会社は問題を起こして、営業停止がいつまで続くかわからない。自分の頑張りを返せ、と思わないか」
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