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慎也もそれは知っていた。例のコロナウイルスの感染拡大のせいで、ライブハウスやクラブは軒並み営業停止、休業に入っている。
営業停止。その言葉に慎也は顔をしかめた。思い出したくない単語だ。俺のクライアントのアカツキ製薬を連想してしまったから。
「あんたもここが閉まるの、イヤだよねー。ここは選曲もいい感じだったのに」
女は途切れなく話し続ける。そうは見えないが、酔っているのか?
「イヤって言うより、淋しい感じかな」
その言葉に意味はない。ただ女に合わせただけ。それでいい。何も考えない方がこの場には合っている。
「そう! 淋しいよねー」
女は前を向いた。横顔にダンスフロアの照明が映っている。そのまま続けた。
「あんたの顔が見られなくて、淋しいわ」
またか。慎也は吹き出しそうになった。まるで俺に気があるみたいなことを言う。この手の女の常套手段だ。
クラブに生息する女の中には、寝る男を探しているのがいる。そんな女とホテルに行ったこともある。スタイル抜群の女で、モデルだと言っていた。自分に自信があって、どんな男でもなびかない筈がないと信じきっている傲慢さが嫌いだった。
その手の遊びはもう飽きた。欲望を吐き出した後、必ず後悔する。ベッドを出てもLINEのIDも教えない。付き合っても煩わしいだけ、楽しくない。俺を満足させてくれない。
慎也のルックスやスタイルの良さ、高級ブランドで固めたファッション、金を持ってそうなところに、女たちは引き寄せられているだけだ。
また昔の記憶がフラッシュバックした。
「豚、クサイから来るな」
暗い教室だった。クラスの女子たちの蔑む視線に貫かれた。男子たちはニヤニヤ笑、いながら、慎也の帽子をパスし合っている。クラスの“一軍”、目立つ男女たちが、慎也を囲んでいた。彼らを見上げて、へらへら慎也は笑っていた。
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