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玉村さん、お久しぶりです。
前橋いつきからのメールがビジネス然とした始まり方で、慎也は少し笑った。
ーーアカツキ製薬は廃墟のようです。太田早苗も桐生愛も、板倉さんやプロジェクトのメンバーも誰もいません。どうして、こんなことになったのでしょうかーー
「俺の話を聞かないからさ」
慎也は鼻で嗤った。慎也のクライアント企業である、アカツキ製薬は昨年末、工場での品質不正が発覚し、営業停止百八十日の行政処分を下されていた。アカツキ製薬は従業員を週四日自宅待機させ、給与を四十パーセントカットした。希望退職者の募集も始めている。対象としていた、定年に近い高齢者よりも、若手中堅社員の退職希望が相ついでいるそうだ。
いつきのメールによれば、ほとんどのフロアで電気が切られ、昼間でも薄暗い。社員食堂も利用者が少ないので、台所で調理するのをやめ、利用者の分の弁当を並べるだけになった。
ーー会社がこんなだし、コロナのせいで東京からは来づらくなっていますが、こちらにお越しになる日があれば教えてください。《天びん秤》さんのことを訊きたいですーー
いつきのメールを見終わった慎也からは、フフと笑いが出た。彼女が探している《天びん秤》のことがわかりそう、と匂わせただけで、絶えずメールが送られてくるようになった。
これで、この子は俺のものになる。だが彼女を操ってみても、会社が倒産寸前では何に利用できるだろう。
慎也の電話が鳴り、セクション長から呼び出された。マスクをつけてブースを出る。
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