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 フロアは同じようなブースで区切られ、慎也のようなコンサルタントたちが中で仕事をしている。フロアを抜けて、灰色のカーペットの細い廊下に出る。廊下の突き当りがエレベーターホールで、横の壁の天井までの大ガラス越しに外が見える。  都心には珍しく、豊かな緑が広がる。空は透き通るような青で雲一つない。来月には桜が開花するとテレビで観た。慎也たちのオフィスが入っているビルの足元に、道路がゆるいカーブを描いていて、今日も車の列が絶えない。  アカツキ製薬の地方は正反対だろう。今ごろ空は灰色の雲に覆われ、気が滅入る。雪が降っているかもしれない。街の中心部には交通量もあるが、すこし郊外にでれば道はガラガラになる。  慎也は、都心の環境のいい場所にある、このオフィスの賃料を想像した。本当の金額は知らないが、高額に違いない。高額の賃料、そしてコンサルタントへの高額の報酬を支えているのは、地方のクライアント企業からの顧問料だ。まあ、それも俺たちの頭脳があってのことだが。  セクション長がいるフロアへ向かう。セクション長になると、ブースではなく個室がもらえる。俺も個室が欲しい。慎也は思う。いや、独立して自分のオフィスを構える方が先か。  部屋に入ると、黒のスーツに身を包んだ、痩身のセクション長が大きな机から顔を上げた。すでにマスクをつけている。額によった皺が四十代らしく見えるが、それ以外は慎也と同じくらいに若々しい。一流のコンサルタントは外見も大事、と常々部下に教えている。 「玉村くん、アカツキ製薬から正式に契約解除の連絡があった。これが書面」  とセクション長は紙を見せながら続けた。 「違約金は来月の月末までに支払うそうだ。残念だが、アカツキの現状からして、契約報酬を回収できただけ、良しとせねばなるまい」  慎也は驚かなかった。アカツキの社長室長の高崎から予告は受けていた。 「わたしにもう少し担当させてもらえたら、アカツキを再建できるかもしれません。もう一度向こうに出張させてください」 「なぜ、そんなにアカツキに拘る。クライアント一社一社に入れ込みすぎては身が持たないぞ」
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